5月24日付
〈この吉里吉里という言葉はアイヌ語の「砂浜」からきたらしゅうございます〉とある。東北地方の独立国を舞台にした井上ひさしさんの長編小説『吉里吉里人』(新潮文庫)である。浜辺を歩くときに砂がきしむ音、キリキリから生まれた言葉である、と◆「鳴き砂」という。石英の奏でる音はキュッキュッともクックッとも聞こえる。不純物が混じると音がしなくなるため、自然環境が守られているかどうかのバロメーターといわれている◆宮城県気仙沼市の「十八鳴浜」と「九九鳴き浜」が天然記念物に指定されるという◆震災で津波に襲われながら、鳴き砂の海岸は奇跡のようにほぼ無傷で残った。地元の中学校では校歌にも歌われる郷土の誇りである。歩けば復興の槌音ならぬ“砂音”が聞こえるだろう◆小説では、東北の海や川のそばに吉里吉里、木里木里などの地名が幾つもあることを挙げて登場人物が言う。同じ地名の場所に住む人は皆、遠い縁つづきではないのか――〈つまり東北人は誰も彼もが皆親戚。もひとつ言えば日本人はみな仲間〉だろう、と。そのセリフがいまほど胸にしみる時もない。
(2011年5月24日01時40分 読売新聞)
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