Saturday, April 23, 2011

22/04 編集手帳

4月22日付 

 たぬきの毛は筆の材料に用いられてきた。人をたぶらかす、という古くからの語り伝えを織り交ぜた都々逸がある。〈筆の先での約束ァおよし 筆は狸の毛でござる…〉。江戸の昔、男女が変わらぬ思慕を誓い合った「起請文きしょうもん」のことだろう。真心あっての約束だよ、と◆東京電力の経営陣にも味わってほしい文句である。6~9か月後には放射性物質の漏出を封じ、避難区域を解除する――原発事故を収束させる「工程表」が筆先の約束で終わっては困る◆20キロ圏内はきょうから、許可なしには立ち入り禁止となる。自宅にいるだけで罰金もしくは拘留という異常な環境は、明確なゴールがあって初めて耐え忍べるものだろう◆6~9か月が過ぎたとき、「不測の事態により遺憾ながら…」などと言い訳をし、「想定外」の一語で約束を反古ほごにするような狸の筆先のたぶらかしは、万々が一にもあってはならない◆“まゆつば”とは、狐狸こりに化かされないおまじないとして、眉に唾を付けたことに由来するという。震災前は「安全神話」に裏切られ、震災後は「工程表」に裏切られることになれば、唾も涙もれ果てる。

(2011年4月22日01時23分 読売新聞)

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