Tuesday, May 10, 2011

30/04 編集手帳

4月30日付 

 疾走する電車が鉄橋にさしかかる。会社重役(三船敏郎)が数センチ開いた洗面所の窓から身代金の入ったかばんを誘拐犯に投げ落とす。黒沢明監督の映画『天国と地獄』の息詰まる名場面である◆撮影に使われたのは当時最速の特急「こだま」である。1958年に登場し、東京―大阪を6時間50分で結んだ。1泊が当たり前であった距離が日帰りも可能になったと、話題を集めた◆東西をつなぐ鉄道の大動脈は64年開業の新幹線「ひかり」で3時間10分、現在の「のぞみ」で2時間25分となった。旅情が乏しいと嘆くか、浮いた移動時間を旅先で使えると喜ぶか、各駅停車派と超特急派で思いは各様だろう◆震災で被害を受けた東北新幹線が連休初日のきのう、全線で運転を再開した。東北地方が少しでもにぎわうように観光客として赴いた人、ボランティア活動に参加するべく旅立った人、疾駆する列車を沿線から見守り、一日も早い被災地の復興を祈った人…一人ひとりが連帯という“鎖”の輪であるに違いない◆孤絶、孤立の悲しみを幾つも見たあとだけに、人と場所をつなぐ鉄道がひとしお胸にまぶしく映る。

(2011年4月30日01時07分 読売新聞)

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