5月7日付
話術家、徳川夢声の日記に、出先で弁当を食べるくだりがある。おかずの肉が少々怪しいが、〈少しムレてゴザつてるんじやないかと思いながら、ムシャムシャ喰つて了う〉(1942年6月20日付、中央公論社『夢声戦争日記』)◆〈ござる〉は「ある」「いる」の尊敬語だが、「腐る、変になる、だめになる」(日本国語大辞典)の意味もある。年配の読者のなかには、耳にし、口にしたことのある方もおられよう◆食中毒は食材がゴザって起きるとは限らない。店側の衛生意識がゴザっていても起きる。今度の場合はどうだろう◆低価格が自慢の焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」の生肉料理ユッケを食べて6歳の男児2人を含む4人が腸管出血性大腸菌「O111」などに感染して死亡した食中毒事件である。チェーン店を運営する会社によれば、雑菌などを取り除くために生肉の表面をそぎ落とす「トリミング」の作業を怠っていた。「表面を削ると、もったいないという気持ちもあった」という◆客の健康よりも命よりも、肉の切れ端のほうを「もったいない」と考えたのだろうか。良心がゴザっている。
(2011年5月7日01時24分 読売新聞)
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