Sunday, May 15, 2011

14/05 天声人語

2011年5月14日(土)付

 「夏炉冬扇(かろとうせん)」といえば役に立たないものの例えだ。試験でこれを「我慢くらべ」と書いた女生徒がいたと、旧知の先生に聞いた。夏に火にあたり、冬にあおぐと類推したのか。珍答ながら、なかなかの想像力に感心したものだ▼季節はめぐるから、「冬扇」にも再び我が世の春はくる。東京は昨日、気温の割に蒸し暑かった。棚に突っ込んであった団扇(うちわ)に無沙汰をわび、風をもらって仕事をした。これからは大事な戦友だ。女生徒の迷答ではないけれど、「我慢」の夏が今年は待っている▼政府は東京、東北電力管内の節電目標を、企業も家庭も一律15%にすると決めた。旗振り役の環境省はスーパークールビズと称し、Tシャツ、アロハシャツの着用を認めるそうだ。そう。お堅く我慢くらべする必要はさらさらない▼思えばかつては、家を開け放つのが夏だった。外の音がいろいろ聞こえた。いまは閉め切って室内を冷やし、代わりに戸外へ熱風を噴き出す。どこか現代人の心の姿に、通じるものはないだろうか▼その熱風で、都会の夏は夜もほてり、人はいよいよ閉じこもって牙城(がじょう)を冷やす。団扇でも扇風機でも、風の開放感が懐かしい。〈ふるさとの板の間にをり扇風機〉岩城久治▼人工の冷気ばかりが「涼」ではない。すててこ、打ち水、青すだれ――レトロなものたちが甦(よみがえ)る夏になろうか。昨今ほとんど見ない陶枕(とうちん)や抱き籠(かご)はどうだろう。汗だくの我慢は長続きすまい。現代と伝統の知恵を取り合わせて涼しい風を吹かそう。

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