Sunday, May 15, 2011

12/05 天声人語 社説

2011年5月12日(木)付

 池波正太郎さんの時代物は漢字のルビもたのしい。「熱い酒(の)をくれ」「あずけておいた金(ぶん)をもらうぜ」――ほかにも色々ある。ふりがなと漢字の合わせ技で、読者は意味をとりつつ会話の陰影を堪能できる▼しかし切ないルビもある。〈記者らみな「瓦礫」と書くに「オモイデ」とルビ振りながら読む人もいる〉と先の朝日歌壇にあった。「おもいで」でも「おもひで」でも、人それぞれ、年齢や来し方に応じたふりがながあろう▼「瓦礫(がれき)の撤去」が、心の中で「思い出の消去」と変換される。そうした被災者は大勢おられよう。背比(せいくら)べのキズのついた柱。家族が集ったこたつ。蛍雪の日々を刻んだ机もあろう。ありとあらゆるものが、今やひとからげに瓦礫と称される▼震災直後に故郷の石巻市に入った小紙記者が、喪失感の中で知ったと書いていた。家も町も、そこで暮らす人とともに時を刻んで「生きていた」のだ――と。家族は無事だが家は壊れていたという。やはり「おもいで」と、胸の内でルビを振っているだろうか▼震災からきのうで2カ月がたった。思い出について書きながら、過去の日々を容易に思い出に出来ない人のつらさを思う。人も家も町も、片時も忘れられずにいるものは、まだ「思い出」ではないだろう▼岩手、宮城、福島の瓦礫は計2500万トンになる。「なりわい」「いきがい」「わがまち」などと、在りし日の姿にルビを振りたい人も多かろう。失意の総量をあらためて思う。想像力を持ち続けたい。

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