Sunday, May 15, 2011

10/05 天声人語

2011年5月10日(火)付

 映画などの笑いの定番に「とり違え型」とでも呼ぶべきものがある。たとえば「貧相」が背広を着たような社長と、胴回りたっぷり、貫禄十分なお付きの秘書。行く先々で相手にとり違えられて笑いを起こす▼当方、笑われたいと望んだわけでは毛頭ないが、7日の小欄でとり違えをした。漱石の「坊っちゃん」の牛鍋の場面、「そこの所はまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと条虫(さなだむし)が湧くぜ」「大抵大丈夫だろう」のせりふで、先が山嵐、後が坊っちゃんとした説明がさかさまだった▼少年時代に読んで以来、そう思い込んできた。引用前に確かめたが、つゆ疑わず。だが、さすがは国民的小説と言うべきか、相次いで指摘を頂戴(ちょうだい)して「真実」を教わった。感謝とともに粗忽(そこつ)をおわびします▼その日のテーマは焼き肉チェーン店の食中毒だった。さて、この事件の「真実」はどうだろう。卸業者は加熱用だったと述べ、店側はユッケ用と認識していたと言う。これも「とり違え」だろうか。聞けば聞くほどに、流通のあいまいさが浮かび上がる▼生食用と明示して出荷された牛肉はここ数年ほぼ皆無という。なのに全国の店でユッケは食べられる。基準通り調理すれば提供していいからだ。こうした事情を、ほとんどの客は知らなかっただろう▼文明開化の昔、牛肉はその象徴の一つだった。珍しげに、こわごわ口にしたのだろうが、今や焼き肉は国民的人気食だ。取り違えのボンヤリ頭を恥じつつ、いま一度安全への万全を訴えたい。

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