Wednesday, May 18, 2011

10/05 余録:古代中国の漢の文章家、賈誼は…

 古代中国の漢の文章家、賈誼(かぎ)は3世16年で滅んだ前王朝・秦を批判し、文帝に「前車の覆るは後車の戒め」と述べた。秦の失敗をよく見て繰り返さぬようにしないと漢も覆ると戒めたのだ▲この「前覆後戒」の教訓を天災への備えを怠りがちな人々への戒めに用いたのが物理学者の寺田寅彦で、随筆「天災と国防」にこう記した。「天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになる」▲「天災は忘れたころにやってくる」は寅彦の名言とされるが、実は出典が不明という。どうも「天災と国防」の先のくだりから生まれた言葉らしい。だが前車の転覆が起きたすぐ後に、その轍(わだち)の跡をぴったり追走する後車があれば、とりあえずは止めるのが得策だ▲東海地震の想定震源域に位置し、福島第1原発事故をきっかけに安全性への懸念が高まっていた静岡県の中部電力浜岡原発だった。菅直人首相から地震・津波対策の完了まで全炉停止の要請をされた中部電力は、「首相の要請はきわめて重い」と受け入れを決定した▲世にいうリスクとは危険な事態が起こる確率と起こった場合の結果の重大さのかけ合わせからなる。ならば巨大地震の巣である東海道ベルト地帯に立地する原発のリスクはどうか。「想定外」が繰り返された「前覆」を目の当たりにすれば、厳しく評価されて当然だ▲むろん経済や雇用への影響を心配し、首相の要請の是非を問う声もある。だが国のトップなら、結果責任を引き受けつつなさねばならない「後戒」があろう。忘れる間もなくやってくる天災もあるのだ。

毎日新聞 2011年5月10日 東京朝刊


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