Friday, June 10, 2011

24/05 余録:ある女性タレントが出版した自伝について…

 ある女性タレントが出版した自伝について「まだ読んでいません」と答えた有名な話がある。一方、自らの女性関係を赤裸々に明かした「著書」の内容を一転否定し、「こんな本!」とたたきつけてみせたのは俳優の長門裕之さんだった▲もう26年も前の話だが、パフォーマンスはこの「暴露本」で名前を出された人々が激怒したからだった。とともに世人が驚いたのは、長門さんと妻の南田洋子さんが「ミュージックフェア」の司会を16年間もつとめて「おしどり夫婦」の評判をとっていたためだった▲思えば名だたる映画人や芸能人が連なる一族に生まれた長門さんにとって、時にきわどいけれんも交えて衆目を集めるのは運命かもしれない。8歳で出演した阪東妻三郎主演の映画「無法松の一生」の敏雄少年の姿は、昭和の古い映画ファンならば今も忘れられまい▲夫人との結婚のきっかけとなった「太陽の季節」、貧困に負けぬ在日青年を演じた「にあんちゃん」、軽薄なチンピラ役の「豚と軍艦」……俳優としての飛躍期は戦後映画の黄金時代だった。そして子役から晩年まで、ほぼ一生を見事に演じ分けた俳優人生である▲晩年は認知症になった洋子夫人の介護の様子をテレビカメラに公開する。放送ではドキュメンタリー番組としては異例の20%を超える視聴率を示し、共感と反発の声双方に「自分は南田洋子物語の脇役」と応じた。なるほど「物語」でしか描けぬ人間の真実もあろう▲「おしどり夫婦を立派に演じ上げたい」と言っていた長門さんだが、夫人の死から1年半。まさに後を追うように逝った「長門裕之物語」の完成であった。
毎日新聞 2011年5月24日 東京朝刊

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