「五(さ)月(お)乙(と)女(め)のつらねし袖や匂ふらむ いばらの花のひらく田面(たのも)は」。早乙女の田植えを詠んだ歌だが、それがいばらの花の季節なのを示しているのがミソだ。これは江戸時代の会津地方の1年の農事を歌にした「会津歌農書」の一首である▲東北の寒冷地農業の技術を集成した「会津農書」の著者である佐瀬与次右衛門が、一般農民に分かりやすいようその要点を1669首の歌にした歌農書だ。「卯(う)の花の蕾(つぼ)める時に初植そ 盛の頃は末田なりけり」。これも田植え時の歌で、末田はその末期の意味である▲「よそ目にもさぞなゆかしき五月乙女の 菅(すげ)の小笠(こがさ)の内やいかにと」。教訓とあまり関係ない歌も生まれる田植えだ。きのうは宮城県石巻市から津波で海水につかった水田で田植えが始まったとのニュースが伝わってきた▲例年より約半月遅れの田植えが行われたのは土壌の除塩を終えた水田で、塩分を真水で洗い流す作業が何回も繰り返された。ただ宮城県の場合、今年作付けできたのは津波被害を受けた農地の1割程度とのことだ。大半は今後3年以内の作付け再開をめざすという▲だが田植えどころか田畑から人影が消えたのは福島第1原発周辺である。避難地域以外でも農水省は放射性物質による土壌汚染が一定値以上の田の作付け禁止を決めたが、「農業は今後どうなる」と農家の不安はつのる。今後の土壌汚染除去策もまだ五里霧中である▲「草も木も持たる性のままにして よく育つるを真土(まつち)とはいふ」。これも歌農書だ。東北の豊かな「真土」は先祖から受け継いだこの国のかけがえのない財産である。その回復は全国民的な課題だ。
毎日新聞 2011年5月19日 東京朝刊
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