Friday, June 10, 2011

05/06 余録:男のやさしさは袷仕立て、と言ったのは…

 男のやさしさは袷(あわせ)仕立て、と言ったのは向田邦子さんである。人間としてのかなしみやはにかみの裏打ちがあるという。むろん口には出さずに、しぐさで語るやさしさでなければならない▲岡山県倉敷市のNPO法人「たけのこ村」の万年やりくり助役、藤岡博昭さん(83)は、そんなやさしさに筋金を通して生きてきた一人だろう。中学校の養護学級の教師を辞め、34年前に知的障害者の自立をめざし村を開いた。オイルショックなどで教え子が次々と職場を追われるやむにやまれぬ事情があった▲村の人口はわずか8人だが、障害者と健常者が支えあい、畑を耕し、備前焼や埴輪(はにわ)を焼いて暮らしている。「たけのこ村をふるさとにして」。大震災で肉親を奪われた障害のある子どもに向け村民たちが呼びかけている、と1月ほど前の小欄で伝えた▲とはいえいまだ10万人近くの避難生活を強いる大震災である。「救いのコンベヤーからふるい落とされ、叫び声すら上げられない子どもがきっといる」。藤岡さんは先月末から今月初めにかけ宮城県石巻市などを歩き、被災地の声に寄り添い、互いにつながる大切さを肌で確かめた▲16年前の阪神大震災では、復興の陰で震災障害者が長らく置き去りにされた経緯がある。家族や住まい、仕事を一度に失い、心身に後遺症を負う被災者の暮らしがいかに過酷なものか。震災が原因で知的障害を負った人が少なからずいることも分かった▲助かった命を守り、育まねばならない。障害者への息の長い支援を見据え、藤岡さんはこれからも被災地を訪ねる覚悟だ。それが83歳の筋金入りのやさしさである。

毎日新聞 2011年6月5日 東京朝刊

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