口は災いのもとという。不用意な発言が思わぬ波紋を広げてしまうケースは洋の東西を問わずしばしば見受けられる。政治に携わる人は特に慎重に言葉を選んでほしいが、スポーツの世界も例外ではない▲「あの坊やがフライドチキンやコラードグリーンを注文しないことを願いたいね」。米国のプロゴルファー、ファジー・ゼラーがこんな軽口をたたいたのは1997年のマスターズ最終日。コラードグリーンは黒人がよく食べるとされている米南部産の野菜だ▲その年のマスターズは前年夏、全米アマ選手権3連覇を達成してプロに転向したばかりのタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3カ月で優勝、しかも通算18アンダーは大会新記録。もう一つ「初」がある。アフリカ系黒人の血をひく有色人選手初の大会制覇だった▲マスターズ優勝者は翌年の大会前日、歴代優勝者を招いて夕食会を開く慣例がある。79年大会の優勝者ゼラーが翌年の夕食会のメニューに注文を付けたのだ。米国スポーツの中でもとりわけ人種差別の痕跡を強く残していたゴルフ界ならではの差別発言と批判を浴びた▲「この優勝で多くの人々、特にマイノリティーをゴルフの世界に引きつけることになってほしい」。タイガーの優勝スピーチだ。マスターズ初優勝で世界ランキングのトップ10入りしたタイガーはその年、早くも賞金王に輝き、ゴルフ界での差別撤廃に大きな足跡を刻んだ▲そのタイガーが不倫騒動以降、精彩を欠いている。最新の世界ランキングでは97年以来14年ぶりにトップ10から陥落するという。ゼラーの失言に奮い立ったタイガーの牙は抜け落ちたか。
毎日新聞 2011年5月22日 東京朝刊
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