Sunday, May 1, 2011

29/04 余録:日本人の「旅心」

 「この国の街道には毎日信じられないほどの人間がおり、二、三の季節には住民の多い欧州の都市の街路と同じくらいの人があふれている」。元禄年間に長崎と江戸の間を2度往復したドイツ人医師ケンペルは「江戸参府旅行日記」で驚きを記す▲それは他でもない、「他の諸国民と違って彼らが非常によく旅行することが原因である」。大名行列もあったが、ケンペルは粗末でも親切なもてなしをする貧しい人向けの旅館や茶店が整っていたことを特筆する。旅人は道中記(旅行ガイド)でいい店を知っていた▲とくに諸国からのお伊勢参りのにぎわうのが春だったという。こう聞けば、日本人の旅好き、それも緑のまぶしい季節につのる旅心は300年前からの筋金入りなのが分かる。それがちょっと変調をきたしているというのだ▲旅行会社の見通しによると、きょうからのゴールデンウイーク中の旅行者数は前年比3割近く減りそうだという。別に「自粛」というのでなく、震災の惨状を思えばおのずと「旅」という気分になりにくいのも分かる。また先月の海外からの旅行客も半減したという▲だが経済波及効果もふくめ約400万人の雇用を支える日本の観光である。その不振は、日本有数の観光地でもある被災地の復旧や復興にも重くのしかかってしまう。また原発事故の影響をめぐる海外の風評も早く収め、観光客にも戻って来てもらわねばならない▲ここはご先祖ゆずりの旅心と、おもてなしの真情を盛り上げ、改めて海外の人を驚かせてみせたいゴールデンウイークだ。野山に降り注ぐ春の陽光は3世紀前と変わらずに旅人を待っている。

毎日新聞 2011年4月29日 0時02分

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