タコが陸で昼寝をしていると猫が来て8本の足のうち7本を食べてしまった。目を覚まして怒ったタコは、猫を海に引きずり込んでやろうと「おいで、おいで」をする。だが猫、「その手は食わん」--ばかばかしいのが楽しい江戸小咄(こばなし)だ▲この話、8本あるのはタコの足か手かという疑問も呼び起こす。ちなみに日本国語大辞典を見ると、タコの語源については「タは手、コは語助。手が多いところからの名」という説などなど、「タ=手」との説が有力だ▲きょうは雑節の半夏生(はんげしょう)、関西ではこの日にタコを食べる地方がある。稲が根づくよう、吸いつくタコにあやかるというのだが、こちらも土をしっかりつかむ「手」の連想か。その「手」でアワビなど三陸の海の恵みをつかみ取り、おいしさを蓄えた名産ダコもある▲津波で大被害を受けた宮城県南三陸町では、特産のタコ漁が解禁となった。船や漁具が流され、魚市場も壊滅して今季の出漁が危ぶまれたが、何といっても名産「志津川ダコ」の地元である。準備を間に合わせた約15隻ががれきを避けて沖に出漁、網かごを投入した▲今はミズダコのシーズンで、秋はマダコも取れるようになるというこの地域である。過去の津波では水揚げが激減したこともあり、海底のがれきの影響なども心配される今後だ。だが町のシンボルだったタコ漁の例年通りの出漁は、地域全体を勇気づけたに違いない▲震災がばらばらに壊した人々の暮らしと生業の暦だ。それを一つ一つつなぎ合わせ、季節のサイクルを再起動させていく被災地である。そのためなら猫の手、いやタコの手もどんどん借りればいい。
毎日新聞 2011年7月2日 東京朝刊
No comments:
Post a Comment