Saturday, July 2, 2011

02/07 編集手帳 - ジェームズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』


7月2日付

 ジェームズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』は邦訳版で数巻に及ぶ長編である。さぞかし長い歳月が描かれているだろうと思いきや、ある一日の、18時間の物語にすぎない◆文芸評論家の巌谷大四さんが若い頃に初めて読んだときの戸惑いを随筆に書いている。〈何しろ、第一章に水洗便所に入って新聞を読む場面があり、第十二章か十三章に突然、「あの水を流したかな」というモノローグがあるといった具合で…〉(三月書房『随筆おにやらい』)◆紙のなかに時間が凝縮された不思議な感じでは、今年のカレンダーも負けていない。きょうの正午は、ちょうど1年の真ん中にあたる。列島にはこの半年間に何年分の涙が流れただろう◆ユリシーズとは、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』(オデッセイ)の主人公オデュッセウスの英語名である。帰還の旅を描いた叙事詩から英語のオデッセイ(Odyssey)には「苦難の旅」という意味もある◆自宅に戻れない原発周辺の住民がいる。家族と離れて緊張の日々を送る作業員がいる。無事の帰還を一日も早く――と、折り返し点で祈らずにはいられない。
(2011年7月2日01時12分  読売新聞)

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