Saturday, May 21, 2011

20/05 天声人語

2011年5月20日(金)付

 人恋しいのは山で迷った時だけではない。節電に沈む街を漂いながら、ヒトは寂しがり屋の動物だと思った。多くが掌中の機械を頼り、通じ合える誰かとピンポイントでつながっている▼震災後、ちょっとした結婚ブームだという。広告を控えたにもかかわらず、結婚仲介業者への資料請求や入会が増加中と報じられた。「寿退会」も多い。一緒にいてくれる誰かを求め、女性の動きが目立つそうだ▼余震や停電、放射能を案じての独り暮らしは、都市の孤独に慣れた人でも心細いのか。あの夜、何時間も歩いて帰宅し、明かりをつけても一人。きずな、だんらん、安らぎといった言葉たちが背中を押すのだろう▼名高い調律師の著にあった。「ピアノは振動には結構強いが、温度や湿度の変化に弱い。たちまち調律が狂う」と。人はピアノにも似て、大地の揺れに耐えつつ、一変した世の空気に心は乱れる。そして、自分だけの調律師を探す▼真偽はさておき、米国では大停電や大災害、テロのたびに小さなベビーブームが伝えられる。何げない温(ぬく)もりが愛(いと)おしく、独り身は婚活に燃え、交際中は結ばれ、若い夫婦は……。ささくれた世相に疲れた人は、家庭なるシェルターにこもるらしい▼2011年春、万の人口が瞬時に失われた。喪に服す列島がにわかに放つ結婚熱は、欠けた命を補う営みにも見える。種族の本能といえば大仰だが、少子化に一矢報いるべく、慶弔が攻守ところを変えるなら喜ばしい。この国はまだ生きている。

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