2011年5月19日(木)付
温厚、誠実な好人物にとどまらず、知的でダンディー。中高年がうらやむ「おじさま」の条件を独り占めしていた。77歳で亡くなった俳優の児玉清さんである。実は骨っぽい逸話も多い▼東宝の新人時代、ロケ先で若手スターからお茶に誘われた。サインをもらいに来た女性が「あなたも」と児玉さんに色紙を差し出すと、スター氏が「こいつは雑魚(ざこ)だよ」。席をけった雑魚、俳優を貫く決意を固めたそうだ▼ただ、役者の自己陶酔とは無縁だった。テレビで使われる理由を「無味無臭なある種の清潔感、要するにアクの無さ」と自ら解説し、爆弾魔役で取った賞には「やりそうにないやつがやったというのは一度しか効かない」。覚めていた▼〈さあ、ここからは慎重かつ大胆にお答え下さい〉。36年も司会を務めたクイズ番組。語り口に端正な人間味がにじむ。柔らかな声、共演女優が言う「人を幸せにする笑顔」が、解答者の緊張をほぐした▼長身にまとった知は自前だった。蔵書で自宅の床が傾くほどの読書家で、米英の小説は原書で読んだ。さらに随筆、切り絵も。芸能人でも文化人でもなく、一人の親としての痛恨は9年前、36歳の長女を同じ胃がんで失ったことだろう▼「クイズ番組は人生そのもの」と語った通り、児玉さんも勝ち負けを重ねて領域を広げた。半世紀を超す芸能生活が視聴者に等しく残した印象は、控えめだが親しみ深い中間色だろうか。25すべてのマスをベージュで埋めて、まな娘に再会する旅に出た。
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