Saturday, May 21, 2011

17/05 天声人語

2011年5月17日(火)付

 釣りの極意は「一場所二えさ三に腕」などと言われる。道具や腕前がいくらよくても、魚がいない水面に糸を垂れては時間の無駄だ。悪事もまた、装備や技量より場所とタイミングらしい▼東京都立川市で警備会社の営業所から奪われた6億円強。国内の現金強奪では最高額という。これほどの札束、そうそう一営業所で夜を明かすはずもない。会社の幹部は「どうして6億もある日に強盗が……」と言うが、6億もある日だから、ではないか▼2人組は無施錠の窓から侵入、仮眠中の宿直者から金庫室の暗証番号を力ずくで聞き出した。内部の事情に通じているようだ。この会社は現金輸送車の大金を何度か盗まれている。そうした過去を知っての仕業にもみえる▼事件前の巨額強奪番付では、1968(昭和43)年の3億円事件がまだ5位にある。より新しい1~4位は犯人が捕まったか、時効後に別事件の容疑者が関与を認めた。3億円事件だけがいまだ迷宮を漂う▼年末宝くじの1等賞金が1千万円になった年だ。大卒初任給は約3万円だったから、3億の重みは今の20億以上だろうか。しかも手製の白バイで警官になりきる早業。犯罪史に残らぬはずがない▼立川の犯行が「6億円事件」と語り継がれることはあるまい。強盗に上品も下品もないが、工夫の跡が見えない手口は、狭いイケスに網を打つがごとし。場所と日時さえ教われば、大抵の悪人がやってのけよう。反論があればいくらでも聞く。まずは魚ごと自首すべし。

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