Monday, March 21, 2011

21/03 震災から10日―人の強さを信じて進む

 2011年3月11日午後2時46分から、きょうで10日を迎える。

 判明した犠牲者の数、8千人以上。戦後日本が経験した最悪の、未曽有の災害だ。制御不能に陥った東京電力福島第一原子力発電所では、放射性物質の大量放出をくい止めようと、懸命の作業が続けられている。

 私たちを揺さぶったものの恐ろしさに、改めて身がすくむ。

 大津波で街がいくつも破壊された。泥とがれきの茶褐色の光景が、目に焼きつく。愛する人や仲間を捜し続ける人がいる。いまなお安否がわからない人が1万8千人以上いる。

■救援をもっと厚く

 被災地は次第に、大量の死という現実に向き合いつつある。大災害はともすれば、数百、数千という数字で語られがちだ。でもその一人ひとりに、海辺の町で過ごした豊かな時間があったことを、心に刻みたい。

 絵を描くのが好きだった宮城県石巻市の佐藤愛梨(あいり)ちゃん(6)。15日が卒園式のはずだった。幼稚園のバスの中で見つかった。

 同県東松島市の自宅の庭で仰向けに倒れていた熱海つよしさん(79)。息子が母を捜し出したとき、笑ったような顔をしていた。

 長い、つらい、悲しみの時が続く。営んできた暮らしがそっくり流され、その立て直しも重い課題だ。

 ともに泣き、じっと耳を傾け、支えたい。地震翌日、被災地入りした記者に「町の惨状を早く伝えて」と訴えた人がいた。その言葉も忘れまい。

 三十数万人が、不自由な避難所での生活を続けている。

 福島原発の周辺に住む人は、故郷がどうなるのかという不安とともに、村ごと、町ごとの退避を強いられた。地震、津波、原発事故の三重被害だと、怒りを込め訴えた市長がいた。

 先週は真冬の寒さが各地を襲った。避難中に亡くなる人が相次ぐ。薬も飲み物も食べ物も燃料も暖かさも、足りない。物資は滞り、被害が大きい所ほど届きにくいジレンマもある。

■使命感を胸に

 災害直後の緊張が解け、沈みこむ人が増えている。ストレスと疲労は限界に近づいている。絶望と孤立感が、生き延びた命を刻々と削る。

 もっと急がねば。救援をもっと厚くしなければ。

 福島県相馬市の避難所で被災者自身がボランティアを組織した。班長の一人、大谷亮一さん(67)は「私らは生き残った。感謝の気持ちなんです」。

 近くの病院にひびが入り、患者が身を寄せた岩手県立釜石高校。学校に寝泊まりする生徒が支えとなった。体育館入り口に、避難者向けの寄せ書きがある。「上を向いて歩こう」と。

 災害の最前線には、使命感を胸に体を張る職業人たちがいる。

 原子炉近くでは、東電や関係する会社の社員たちが危険な作業を続ける。

 自衛隊員、警察官、消防隊員が応援に入った。真っ先に被災地に入り、多くの人を救い出したのも彼らだった。

 大きな揺れの後、町を守ろうと水門へと走った役場職員がいた。海上保安官、医師や看護師、福祉施設職員、教師、トラック運転手、コンビニ店長、後方でフル回転する公務員……。

 想定を超える事態に混乱も起きている。だがその働きぶりに思うのは、幾多の災害を経て蓄えた教訓が、多少なりとも生きているということだ。

 被災地から遠く離れて暮らす市民も無関係ではいられない。

 海外から安否を気遣うメールを受信した人は少なくないだろう。日本のことを、みな案じてくれている。多くの国からの支援の申し出も心強い。

 関東では計画停電に振り回される毎日だ。催しの中止や延期、商品不足。不便さはじわじわ広がる。農産物の放射性物質の数字も心配だ。雲のような不安が頭を覆いそうになる。

■しなやかな市民社会

 他方、長い行列やすし詰めの電車の中を、人はいら立ちを抑えて耐えている。ネット上では、デマを打ち消し、本当に必要なことは何か探ろうとする共助空間も生まれている。

 政府が積極的に情報開示をすべきなのは言うまでもない。市民もまた、冷静に事態を受け止め、自律する力が、求められているのだ。

 全国の自治体で被災者を受け入れる動きが広がる。胸裂かれる思いでふるさとを離れた人を、どう迎えるか。それぞれの町で市民にできることが、格段と増えている。

 熱き心と冷たい頭で。市民社会のしなやかさが問われる。

 震災から10日。防潮堤、建造物、原発……。思い知らされたのは、人間が築いたものがいかに頼りないか、ということだ。政府の動きを含め、後から検証すべきことは山ほどある。

 一方で、人を救うのも、支えるのも人だということを、学びつつもある。そう、私たちは少し前まで、寒々とした孤族の国できずなをどう結びあうのか、思案していたのだった。

 東京消防庁の隊員は妻に「安心して待っていて」とメールを打ち、原発に向かった。石巻市では、流された家に閉じこめられていた80歳の祖母と16歳の孫が、9日ぶりに救助された。被災地で生まれる新しい命もある。

 誰かがいれば人間は強くなれる。

 信じよう。春はあと少しで来る。

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