Tuesday, April 12, 2011

12/04 妻の「断捨離」スイッチ

2011年4月12日10時21分

 コンサルタント会社に勤めるAさん(37)が、職場から送った段ボールの山を前に、妻は目をつり上げた。

 「一体どういうこと? 会社のコスト削減分をなぜこの狭い家が引き受けるわけ?」

 モノへの執着から離れ、身軽でシンプルなライフスタイルを目指す「断捨離(だんしゃり)」ブーム。その影響を受けた妻の剣幕に、Aさんは一言も反論できなかった。

 きっかけは、Aさんの勤務先が、オフィス移転を機に「フリーアドレス制」を導入したことだった。

 この制度、毎日決まった机で仕事をするのではなく、自分のノートパソコンと社内用携帯電話を持って、好きな席を選べるというもの。コスト削減やペーパーレス化、社員同士のコミュニケーションの活性化が狙いとされる。

 コンサルタントは日中は社外で過ごすことが多い上、組織改編や人事異動のたびに引っ越す手間も省けることから、Aさんの会社では、社長の鶴の一声で実施された。

 しかし、人間の習性なのか、いつの間にか座る席が固定化してくる。Aさん自身も、自分の居場所を失ってしまったようで、どうも落ち着かない。

 もっと大きな不満は、限られた収納スペースしか与えられなかったことだった。個人用ロッカーだけでは、それまでの仕事でたまった荷物が、収まり切るはずもない。

 不要な書類は処分せよと通達されても、過去の蓄積がいつ役立つとも限らないという考えがよぎる。すべてをデータ化するのは、手間がかかりすぎる。窮余の一策として、捨てられない資料を宅配便で自宅に送ったという次第だ。

 結局、妻に言われるまま、吟味に吟味を重ね、最低限の書類だけファイルして、すべてを焼却処分にした。さらに、この件が妻の「断捨離」スイッチをオンにした。

 過去1年間に、読み返さなかった本、聴かなかったCD、身につけなかったスーツやネクタイなどが、次々とやり玉に挙げられた。

 「そのネクタイは、送別会で贈られたものだから」と抵抗した時は、「じゃあ、使うの?」と問いつめられた。「いや、でも記念だから」と返すと、「いつもらったの?」。それが12年前と知って、妻はあきれてものも言えないという顔になった。そして、ネクタイをデジカメで撮影し、「この写真が記念だから」。ネクタイは、あえなく「処分箱」に仕分けされた。

 相当量のモノと思い出が葬られたことに、Aさんは「意外にサッパリ気分ですよ」と話す。もちろん、強がりにしか聞こえない。


田中 和彦(たなか・かずひこ)

 人材コンサルタント、映画プロデューサー。1958年、大分県生まれ。リクルート社の「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」などの編集長を務めた後、映画業界に転身。キネマ旬報社代表取締役などを経て独立。02~07年、beでコラム「複職(ふくしょく)時代」を連載。近著『断らない人は、なぜか仕事がうまくいく』(徳間書店)など著書多数。

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