「小さな喫茶店」「お富さん」などの懐かしい曲に、コーヒーの香り。1千人以上が避難する岩手県陸前高田市立第一中学校に、津波で流された音楽喫茶が復活した。休日限定のオープン。きっかけは、東京から送られてきた蓄音機だった。
「さあ、始めましょうか」。17日午後5時。2階の教室で、「h.イマジン」店長の冨山勝敏さん(69)が蓄音機のハンドルを回した。
約10人の被災者が、特製のブレンドコーヒーを片手に、体を小刻みに揺らし、曲に合わせて口ずさむ。そんな様子を冨山さんは笑顔で見つめながら、次のレコードを手に取った。約1時間、「青いカナリア」や「俺は待ってるぜ」など、10曲以上の懐かしい曲が次々と流れた。
冨山さんは市街地でジャズ喫茶を経営していた。地震発生時、客5人を避難させ、高台へ逃げた。津波警報がけたたましく鳴っていた。「海が目の前にあるようだったよ。引き潮に自分の店が流されていくのを見た」
同中学で避難生活に入った。3月29日、取材に来たテレビカメラの前で「喫茶店も全部なくしてしまったが、めげずに頑張りたい」と話した。「嘆いている場合ではない。何かできないか」と思ったという。
冨山さんの言葉は、その番組をたまたま見ていた東京都国分寺市の音楽制作者、野口眞一郎さん(59)の心を動かした。4月9日、同中学を訪れ、冨山さんに蓄音機とレコード約50枚を手渡した。
冨山さんは避難所で日曜日の夕方、1時間限定での店の再開を決心。学校の許可を得た。同年代の人が特にショックを受けているように見え、懐メロを選んで流した。「若かりし頃の曲を聴いて、元気を取り戻して、復興に向かってもらえれば」という願いからだ。冨山さん自身、また店を構えることを目標にしている。
訪れた永田まき子さん(57)は家と母を津波に流され、とても音楽を聴く気になれなかった。それでも「知ってる曲を久しぶりに聞いて、和みましたし、明るい気持ちになりました」と涙をぬぐった。冨山さんは陸前高田市や大船渡市の避難所を回り、音楽喫茶を臨時開店していく予定だ。(緒方雄大)
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