Tuesday, April 19, 2011

18/04 余録:異国の地で

 東日本大震災の1週間後、神戸港から中国の天津に向かうフェリーは日本脱出を急ぐ留学生など中国人であふれ返っていた。ざわめきの中で間瀬弘樹さんは被災地の知人たちの安否を気遣いつつ、「今は私を待つ大地へ」と41歳の自分を励ました▲5日後にたどり着いたのは北京の西方約560キロ、内モンゴル自治区のクブチ砂漠に位置する恩格貝だ。91年以来、「日本沙漠緑化実践協会」がボランティアを募って植林を進めてきた。間瀬さんは駐在員として毎年3月下旬から7カ月半をここで過ごす▲砂漠に苗木を植える「緑の協力隊」の参加者には東北地方の人も多い。その面々と顔見知りの中国人スタッフが「あの人は無事かな」と気をもむ。村人たちも心配する。しばらくすると、津波で亡くなったり家を流された被災者の情報が入ってきた▲3月下旬に来るはずだった「緑の協力隊」は計画を取り消した。5月には来訪予定があるが、その後の派遣を断念したグループもある。300万本以上の木を植えて緑野を広げ、中国側から高く評価されてきた活動は最大の試練に直面している▲だが間瀬さんに迷いはない。未来のために砂漠に木を植える。それは黄砂による日本の環境汚染防止にも役立つ。この活動を始めた砂地農業の権威、故・遠山正瑛氏の口癖は「やればできる。やらなければできない」だった。その気概を受け継ぐ覚悟を決めている▲以上は国際電話で聞いた話だ。大震災と津波が今も広げ続けている無数の波紋の一つである。直接の被災者はもちろん、多様な厳しい試練の渦中にいるすべての人々に、心の底から声援を送りたい。

毎日新聞 2011年4月18日 0時10分

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