インタビューで引き出された自然な表情は魅力的だ。有名人の取材では、カメラマンは既成のイメージと異なる表情を狙う。写真部駆け出し1年目に「大女優」を取材したときのことだ。インタビュー中の撮影が禁止され、終了後に時間がとられた。お付きの人が「顔の右側からだけ撮影してください」といった。
カメラを構えると、大女優は左斜め上を見つめ、その瞬間が自然の流れで訪れたようなポーズを決めた。シャッター音が響くと、次々とポーズを変えて二十数カット。「終わりです」といわれるまで、30秒とかからなかった。会話はなかった。すべてのカットが美しくはあるが、人形のようで人間味は感じられない。
私は大女優のイメージ通りにセルフポートレートを撮らされていたのだ。私はカメラマンではなく、カメラそのものだった。敗北感でいっぱいになった。
よい表情を撮影するには、透明人間か映画監督になることだ。存在を消し自然な表情を待つか、イメージを伝え、表情を引き出していく。あれから16年。今なら正面きってレンズと向き合ってもらうか、冗談で笑わせるだろう。【北村隆夫】
毎日新聞 2011年7月6日 大阪夕刊
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