Wednesday, July 6, 2011

06/07 余録:2人の男がインドのカーシー産絹糸を…

 2人の男がインドのカーシー産絹糸を何本も束ねて引っ張る。もう一人の男が中国産の刀によってそれを一気に切断する。その時だ。細い糸一本一本が切断されるたびに64刹那(せつな)という時間がたつ。「刹那」はそういう微細な時間の単位という▲いや仏典にある話の「日本大百科全書」からの受け売りである。同じ仏典は1昼夜の648万分の1、つまり今でいう75分の1秒という別の「刹那」の定義も記す。昔の人が一瞬という時をどのように想像したかが分かる▲日本ではこの「刹那」、過去や将来を無視して今現在のことしか考えない投げやりな態度にまつわる言葉とされてきた。で、一瞬より長くとも、政治では刹那といえる短時間もある。現政権の最優先課題である震災復興の担当相がわずか9日目で辞任したのもそうだ▲被災県の知事との会談での高圧的な命令口調が世のひんしゅくをかった松本龍復興担当相だが、その辞任もどこか投げやりなマイペースだった。菅直人首相の任命責任を問う声が与野党で渦巻くなか、難航した後任選びは平野達男副内閣相の昇格でしのぐ形になった▲菅首相には看板の被災地対策での大失態は、政権の存在理由の崩壊を意味する。退陣圧力がまた一段と強まるのも避けられない成り行きだ。だがそれもこれも、被災地の将来への責任より今現在の政権維持にきゅうきゅうとする“刹那政治”の結末ではないだろうか▲政権の退陣時期が最大の関心事という有り様では、過去と未来をつなぐ営みである政治は底が抜ける。もうそろそろ「刹那」でなく、責任という土台の上に政治の「現在」を再興せねばならぬ時だ。

毎日新聞 2011年7月6日 東京朝刊

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