Monday, April 18, 2011

17/04 asahi - 天声人語

2011年4月17日(日)付

 ほころび、咲き、散っていく桜の姿は、他の花には抱くことのない想念を人の心に醸す。東京近辺の桜は数日前から落花がしきり。細かい光となって風に流れ、木によってはすでに残花か、もしくは葉桜に近い▼落花の名詩の多い中、〈昔去るとき 雪 花のごとし/今来たれば 花 雪に似たり〉という詩句がある。6世紀中国の漢詩だから桜かどうか分からないが、雪と花の対比が忘れがたい。去るときは雪。戻り来れば花。「別れの詩」という題ながら、季節にせよ人生にせよ、どこか春が巡る喜びが感じられていい▼みちのくを北上する桜前線は、今日はどのあたりか。各地で開花が人を励ましている。福島県いわき市久之浜では先日、津波で根が露出し幹も傾いた一樹が花開いた。耐えて咲くその姿は、東北の風土と気質を彷彿(ほうふつ)とさせる▼岩手県陸前高田市の寺にある避難所では今日、花見が行われるそうだ。がれきの街を見下ろしつつ、人々は開花を待ち望んでいると小紙が伝えていた。どんな言葉より、花の無言に励まされる心もあろうと思う▼詩人の大木実は、戦争が終わって命ひとつで復員してきた。祖国の土を踏んだ心情をうたった作を残している。〈もういちど はじめから/やり直そう/そう思った/さくらの花を仰ぎながら……〉▼被災した人には戦後の焦土にも等しいであろう眼前の光景。惨に耐えて咲く桜木を、心の荒野にそっと移し植える方もおられよう。雪が花に変わるときが、必ずくると信じたい。

No comments:

Post a Comment