ベンジャミン・フランクリンが早寝早起きをすすめたのは、「健康、富、知恵」を増進すると信じたからだ。その彼がパリに滞在中、日が昇ったのに寝ている市民に眉をひそめたのは当然だ。パリっ子たちはその分夜の生活を楽しんだ▲そこで彼は朝の活動を早めて太陽光を使い、夜のロウソクの無駄遣いを防ごうと呼びかけた。そのエッセーが夏時間のアイデアの起源という。夏の標準時を1時間進めようとの提案が生まれたのは20世紀初めの英国だった▲実際に夏時間を初めて導入したのは第一次世界大戦中のドイツである。続いてドイツと交戦中の英国でも採用されたが、何も「健康、富、知恵」の増進のためではない。戦時経済の下での燃料類の節約や労働時間の延長といった目の前の必要に迫られてのことであった▲こうみれば、今の日本の「非常時」ぶりも分かりやすい。東京電力の原発事故による夏の電力不足への対策の一つとして戦後占領期以来の夏時間導入が検討されている。すでにソニーが独自で就業時間を1時間繰り上げるなど、個別企業での夏時間の採用も始まった▲最近では温暖化対策として期待が高まっていた夏時間だが、一方で省エネ効果を疑問視する声も根強い。また過去の導入時の「早起き遅寝で、睡眠不足になった」とさんざんだった評判も気になる。肝心の昼の暑い盛りの電力節約にどうつなげるかの工夫も要るだろう▲江戸時代の「早起きは三文の徳」もあんどんの油代を節約できたからだった。終戦直後を思わせる「非常時」の夏時間論議だが、それを機に「健康、富、知恵」のための早寝早起きが増えるのも悪くない。
毎日新聞 2011年4月16日 0時03分
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