2011年4月16日(土)付
野口雨情が「青い眼(め)の人形」を発表したのは90年前である。〈青い眼をしたお人形は/アメリカ生(うま)れのセルロイド……〉。19世紀に米国で商標登録された新素材が、人工的な響きで異国情緒を添えた▼セルロイドは、セルロースや樟脳(しょうのう)など、植物系原料による世界初の汎用(はんよう)樹脂だ。日本でも明治後期から作られ、昭和の初めには世界一の生産量を誇った。詩人が「素材」に使った大正時代は、製造の技をわがものに、輸出が増えていく時期にあたる▼おもちゃ、筆箱などのセルロイド製品が、わが国の近代化を象徴する「化学遺産」に加わった。震災4日前のことだ。思えば、日本の輸出産業は幾多の天災や戦火をくぐり、しぶとく伸びてきた▼今回も、鉄鋼、自動車、電子部品といったお家芸の拠点が被災した。大きな世界シェアを持つ重要部品が途絶え、米国や韓国でも工場が止まったという。モノづくりの怖さと深さを思う▼燃えやすく割れやすいセルロイドは戦後、石油系の素材に代わられる。こうした技術革新や発明があるたび、日本は得意の分野や製品を乗り換え、存在感のある工業国になった。その名声と競争力、顧客をつなぐためにも、生産ラインの正常化が急がれる▼内需と外需がフル回転して、やっとこさの国難だろう。しかし、開国や敗戦による「断絶」が別の日本を生んだように、時代を画す混沌(こんとん)は目覚めの時でもある。輝くセルロイドの記憶とキューピーの笑顔を思い起こし、もう一度だけ世界を驚かせたい。
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