Thursday, April 14, 2011

14/04 余録:震災と「自粛」

 江戸に大火をもたらした安政地震の後の世相を相撲番付のように仕立てた刷り物がある。東方には震災後に「用いられるもの」、西方には「お間(あいだ)なもの」、つまりひまになったものが並んでいる。江戸庶民はこの手の見立(みたて)番付が好きだ▲東西で対比されているのは「こけらぶき」対「瓦屋根」、「しるし半天」対「紋付き羽織」、「わらぞうり」対「足駄」、「どんぶり飯」対「会席料理」、「干もの」対「煮付け」、「二八そば」対「うなぎ蒲焼(かばやき)」……。ぜいたくな物は「お間」であったのがよく分かる▲職業もあって「大工棟梁(とうりょう)」対「茶の湯師匠」、「左官棟梁」対「踊師匠」……もの作り職人に対して芸事の師匠はさっぱりだった。日常が失われては芸も身を助けないのか(石川英輔著「大江戸番付事情」講談社文庫)▲こうみれば災害時にぜいたくやはなやかな催しがうとまれるのは人の世の常でもある。しかし、震災から1カ月、社会の自粛ムードによる景気低迷やその復興への悪影響が経済界で懸念され、政府も「過度の自粛ムードに陥らないように」と呼びかける仕儀となった▲被災者の暮らしばかりか、列島の全住民の日常を狂わせた震災だ。被災地の惨状に心を痛める人々が、自らの歓楽から身を遠ざけるのは人の情というものである。が、その人情が積もり積もってもたらす経済の変調が被災者を苦しめる結果になるのも人の世の逆説だ▲なのにスポーツや文化行事まで自粛が相次ぐ列島である。「震災に負けるな」はすでに全力で闘う被災地への言葉にふさわしくない。震災が奪った日常を取り戻そうとする全国の人への激励と考えたい。

毎日新聞 2011年4月14日 0時02分

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