停電で鳴らなかったサイレンの代わりに、町に響いたのは半鐘の音だった。津波が防潮堤を越え、市街地に迫ってきても鳴りやまなかった。たたき続けた消防団員は行方不明のままだ。
岩手県大槌町で20年以上消防団員を続けていた越田冨士夫さん(57)は3月11日、自家用車で水門を閉めに向かい、その後、消防団の屯所に向かった。揺れから20分以上たち、屯所の消防車には、近くの消防団から「津波が来た」と無線が入っていた。
乗車していた団員は「早く乗って」と越田さんに叫んだ。消防車のサイレンの音で聞き取れなかったが、越田さんは腕を振っていた。「いいから、いけ」。腕はそう語っていた。
「カン、カン、カン」
団員たちが屯所を離れてしばらくたった頃、鐘の音が聞こえてきた。防災行政無線とサイレンの導入で、20年以上倉庫にしまったままの半鐘だった。屯所の火の見やぐらに設置されたサイレンは停電で鳴らなくなっていた。きっと、それを知った越田さんは、なんとか非常事態を住民に伝えようと、屯所の屋上から半鐘を鳴らしたんだろう。団員たちは、みなそう思った。
屯所から200メートルほど離れ、避難所になった神社にも、その音は届いていた。自転車で神社に向かっていた団員仲間の佐々木大一郎さん(67)は、屯所で越田さんの姿を見かけていた。なんとも悲しい音に聞こえたという。「長い間鳴っていた。今も頭から離れない」。越田さんの行方はわかっていない。
(阿部朋美)
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