Tuesday, May 31, 2011

25/05 天声人語 社説

2011年5月25日(水)付

織田作之助の短編「競馬」にこんな一節がある。〈走るのは畜生だし、乗るのは他人だし、本命といっても自分の儘(まま)になるものか、もう競馬はやめたと予想表は尻に敷いて芝生にちょんぼりと坐(すわ)り……〉。消沈ぶりがおかしい▼馬を恨んではいけない。本命に裏切られたら、穴狙いという道がある。大穴の代名詞は、100円の元手で1万円以上を稼ぐ万馬券だろう。人はそれを夢見て公営ギャンブルに通い、公に貢いできた▼先の日曜日、日本中央競馬会が4月に導入した新方式の馬券「WIN(ウイン)5」で、100円の元が1億4685万110円に化ける「億馬券」が生まれた。過去の記録の何倍にもなる空前の高配当である▼新馬券は、指定された5レースすべての勝ち馬をネットで当てる。かの日は重賞のオークスで7番人気が勝つなど、対象レースで本命がそろって敗れる波乱。約1200万票の発売総数に対し、的中はわずか6票だった▼「人の不幸の上に成り立つ自分の勝ち、ギャンブルの快楽はここにある」。競馬随筆の谷川直子さんの洞察だ。ハズレが多いほど配当は膨らみ、アタリの歓喜は極まる。競輪では昨秋、自分で勝者を予想しなくてもいい宝くじのような車券で、9億円強の配当が出た▼競馬も運の要素を大きくし、高配当で素人を呼び込む策らしい。無論、夢追い人の大多数は快楽の人柱になる。ただし、WIN5の収益からはすでに約8億円が震災支援に回されている。ちょんぼりと座るのも無駄じゃない。

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