Saturday, May 7, 2011

03/05 余録:英雄ヘラクレスが退治した怪物の一つヒュドラは…

 英雄ヘラクレスが退治した怪物の一つヒュドラは九つの首を持つ。始末に悪いのは一つの首を切れば、そこから二つの首が生えてくることだ。それらを統べる真ん中の首も不死身ときている▲ヘラクレスの戦術はおいの助けを借り、首の切り口をたいまつで焼いて新たな首が生えぬようにしたのだ。その上で真ん中の首を巨大な岩の下敷きにして封じ込めた。ヒュドラは退治したが、他人の助けを受けたのでこの勝利はヘラクレスの功業に数えられなかった▲さて9・11同時多発テロからほどなく10年、米政府にとってはまさにヒュドラとの闘いを思わせた国際テロ組織アルカイダ追及だったに違いない。その「真ん中の首」を討った大勝利ということか、首謀者ビンラディン容疑者殺害は大統領の声明を通して公表された▲このヒュドラ、過去をたどれば冷戦末期にアフガニスタンに侵攻したソ連軍に対するゲリラ活動へとさかのぼる。当時は米国情報機関の支援した抵抗運動が、やがて反米テロ活動の国際的ネットワークへ怪物のように成長したいきさつは現代史の笑えない皮肉である▲多くの専門家によれば、近年のビンラディン容疑者はもっぱら象徴的指導者と仰がれ、以前のようなテロ活動の実質的な「真ん中の首」ではなくなっていたようだ。その死はむしろ分派化・地域化する多数の「首」の先鋭な活動を呼び起こす可能性もあるというのだ▲自慢の腕っぷしだけでは、国際テロ封じ込めに十分ではないと分かったこの10年間だ。たとえ英雄の功業には数えられなくとも、果てしない憎悪の再生産を断つ手立てにもっと知恵を絞るべきだろう。

毎日新聞 2011年5月3日 東京朝刊

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