「やむを得ない」という一言で片づけるには、あまりにも重大な事態である。それにしては決断した政権の苦渋が見えず、内外への説明も到底足りない。
原子炉の冷却作業が難航している福島第一原発で、低濃度の放射能汚染水の海への放出が始まった。高濃度の汚染水の保管場所を確保し、「より大きな被害を防ぐための措置」とされるが、平時では決して許されない行為だ。
日本政府はかつて、ロシアが原子力潜水艦基地の低レベル廃棄物を日本海で投棄した際、厳しく批判した経緯がある。
それを受けて、ロンドン条約が、船舶などからの海洋投棄の禁止対象に低レベルも含むよう改正した際にも賛成した。
それだけに今回、放出に踏み切った理由と今後の対策について、国際的にもより厳しい説明責任が求められるはずだ。
隣国の韓国は「事前の協議がなかった」と反発している。
それでなくとも厳しさを増す国際社会の視線に鈍感すぎるのではないか。
菅直人首相自らが会見し、経緯や状況、決断の根拠を詳しく説明すべきだった。
長期化が避けられない今回の原発危機で、問われているのは政権の危機管理能力である。
あらゆる事態を想定し、二重三重に備えを図る。国内外に迅速で的確な情報を発信する。その総合戦略を組み立て、持てる力を結集する態勢を構築することこそ、首相の仕事である。
今回の汚染水放出は、東京電力の打診を受けた政府が、原子力安全委員会の助言を得て決断したという。
首相が本部長を務める原子力災害対策本部や、政府と東電が一体で危機管理にあたる統合本部で、関係者が十二分に問題意識を共有し、可能な限りの選択肢を考え抜いたうえで、最終判断を下したのだろうか。
現場の考えは大切だが、最終的な責任を負うべき政治の影が薄い。枝野幸男官房長官は詳細な説明を東電に任せ、漁業を所管する農林水産省には事前の連絡はなかったという。
政治を支える専門家の支援態勢も、いまだ十分とはいえない。政府機関だけでなく、日本原子力研究開発機構や放射線医学総合研究所などの公的研究機関や産業界、大学など、国をあげた強力な態勢が必要だ。
その際、前面に立つべきは、やはり原子力安全委であろう。事故発生以来、その存在感は薄いが、安全のお目付け役としての本来の役割を果たしてもらわなければならない。
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