2011年3月23日(水)付
. 今度の大地震で、東京タワー先端部のアンテナが曲がったと知り、1855(安政2)年の安政江戸地震を思い起こした。浅草寺(せんそうじ)の五重塔の先が同様に傾いたとされる。都(みやこ)のシンボルの不祥は、当時の沈滞ムードを映していた▼その前々年、ペリーの黒船が浦賀沖に現れ、前年には東海、南海と大地震が続いた。世情騒然とした折に、数千人が亡くなる首都直下型である。街はすさみ、けんかが多発したという▼それでも、お救い米(まい)が配られ、家の建て直しから経済が動き出す。大工や左官の手間賃は高騰し、色町が潤った。「世直り」をはやす瓦版や浮世絵も盛んになった。一方で、幕府は内憂外患を持て余し、瓦解(がかい)へと向かう▼昨今の「騒然たる消沈」が幕末に重なる。節電で薄暗い店、歯抜けの商品棚。これも有事かと思う。昭和の終幕にも自粛の機運が広まったが、今回は工場や発電所、物流網がやられ、停電や放射能の風評被害もある。空気ではなく実を伴う消沈だ▼日本全土が現場、全国民が当事者であろう。だが、皆が沈み込んではお金が回らず、再生はおぼつかない。国費を被災地に集め、懐に余裕のある向きは「救国の散財」をしてほしい。義援金、外食、買いだめ以外の衝動買い、何でもいい▼十数兆円もの復興費用は、今の政権がどうなろうと私たちが背負うほかない。将来に備えた蓄えもあろうが、国難を皆で乗り越えてこその将来、ここは東北のために放出しよう。世界の終わりではない。安政の驚天動地の13年先には、明治という別の地平が待っていた。
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