福島第一原子力発電所の大事故は、地元の福島県内はもちろん、近隣の県に住む人々の前にも、気がかりな数字をいくつも突きつけている。
文部科学省が公表した環境放射能の調査では、この原発から約120キロ離れた茨城県ひたちなか市や200キロ以上の距離にある東京都新宿区で、上空から降ったとみられる放射性のセシウム137やヨウ素131が、相当量測定されたという。これらの値のなかには、国の放射線管理区域の基準値を超えるものもあった。
菅直人首相が一部の農産物の出荷停止を指示したのも、ホウレンソウなどの品目で規制値を超える放射性物質が見つかったからだ。
原発の外へ漏れ出た放射性物質が大気中を漂い、大地に降っている実態がわかる。
一つひとつの数字を見てパニックに陥るのは禁物だ。だが、甘くみるのはもっといけない。政府は急いで詳しいデータを集め、打つべき手を考えて適切な判断を下さなくてはならない。
忘れるべきでないのは、原発災害などで漏れる放射能の影響は長い目でとらえる必要があることだ。
いったん環境に放たれた放射性物質は回収が難しい。種類によっては長く大気にとどまり、土壌に残って放射線を出し続ける。セシウム137ならば半減期は約30年だ。それに接したり、体内にとり込んだりすると、悪さをする。環境中の値が基準より低くても、影響がまったくないわけではない。
しかも、人々が放射線に長い間少しずつさらされる場合、健康被害は時間がたって表れることが多い。
たとえば、人体のDNAを傷め、がんを起こす可能性は数年から10年以上の時間尺度で考えなくてはならないといわれている。微少とはいえない放射性の降下物が広い範囲に散ると、長い年月を経て、人々の発がんの確率がほんのちょっと高まる。その幅はきわめて小さいので、一人ひとりはあまり神経質になることはない。
だが、社会全体をみると、何人かが本来ならかからなくてもよいがんを発病する計算になる。だから、この「ちょっと」の上げ幅はできる限り小さくしなくてはならない。降下物が検出された地方の住民が受ける心理的な負担にも気を配る必要がある。
私たちは、そんな現実と向き合うことになったのである。
政府が、住民の避難などをめぐる決定をするときは、人々にもたらされる長い時間幅のリスクを考慮しなくてはならない。
いま最も重要なのは、事故炉から大量の放射性物質が出ることを食い止めることだ。そしてその先には、環境と健康の被害を最小にするための長い闘いが待っている。
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