古代中国の兵法書「孫子」には情報戦をめぐる「用間編」がある。賢将が勝つのは「先知」のおかげで、「先知とは鬼神のお告げや天の事象によってでなく、人知によって得る情報である」という▲西方ではギリシャ人が神託を頼りに戦争をしていた時代、孫子は人間の諜報(ちょうほう)活動の必要を説いていた。因間(土地の人による諜報)、内間(敵国人のスパイ)、反間(二重スパイ)、死間(偽情報工作員)、生間(普通の潜入スパイ)のスパイの種別も記している▲まあ現代ならばそれらに「電間」とでもいうべき活動を追加すべきなのだろう。こちらは情報が集積するコンピューターのサイバー空間に潜入し、術策を尽くして情報を盗む活動である。ではこれもそんな「電間」なのか。三菱重工を標的にしたサイバー攻撃である▲この事件では潜水艦や原子力プラント、ミサイルなどの製造拠点11カ所でパソコンなどのウイルス感染が確認された。なかにはパソコンを外部から操作できるトロイの木馬と呼ばれるウイルスも含まれ、また一部サーバーは強制的に海外のサーバーに接続されていた▲今のところ製品や技術情報の流出は確認されていない。だが標的となった部門や攻撃規模を考えると、かなりの資金力を背景にした組織的スパイ行為との見方が有力だ。やはり防衛関連部門をもつIHIも、この間外部からサイバー攻撃を受けていたことが分かった▲国際的なサイバー犯罪の常として、この「電間」の正体を突き止めるのは容易でなさそうだ。ここは悪知恵をこらした攻撃に対する防御において、相手方に勝る「人知」を見せつけねばならない。
毎日新聞 2011年9月21日 東京朝刊
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