11年9月28日(水)付
「とにかく時間の中は動けやしないさ。現在の瞬間からは逃れられないよ」「そこが君の間違っている点だ」。SFの巨人ウェルズの短編「タイム・マシン」(橋本槙矩〈まきのり〉訳、岩波文庫)から引いた。発表は1895年。時間旅行を、神秘ではなく科学で料理した快作とされる▼10年後、本物の科学が、光速を超す物質はない、時間はさかのぼれないと示すことになる。若きアインシュタインの相対性理論だ。かくて夢の機械は空想の世界に封じられた▼ところが、である。ニュートリノなる素粒子が光より速いと報告された。スイスの加速器から飛ばして、イタリアの検出器に届く時間を繰り返し測ったところ、どうやっても1億分の6秒早かったという。速度では光を0.0025%上回る▼本当なら、あらゆる分野で検証されてきたアインシュタインの偉業、現代物理学の土台が揺らぐ大事である。だから計測誤差とみる向きも多い。研究チームも担当者を変えて確かめるらしい▼「行けるなら未来か過去か」「やり直すとしたら×歳から」「10年前の自分に伝言を」。罪がない設問で遊べるのは、時間旅行が現実離れしているからこそだ。このまま夢にとどまってほしいやら、光に先回りして未来からわが間抜け面を眺めてみたいやら、心は乱れる▼宇宙の始まりや果てを思い詰め、自らの存在を問うた夜もあった。戻るならあの年頃がいい。今年のいつかということであれば、迷わず3月11日の朝に飛ぶ。ハンドマイクを携えて。
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