Sunday, July 10, 2011

10/07 天声人語

 イチロー選手との対談で、映画監督の北野武さんが礼を言っている。「大リーグの憧れの選手を目の前に引きずり下ろしてくれたというか、ものすごい高級車があって、今までは見るだけだったけれど、ある時その車の後ろに乗せてもらえた感じなんだよ」▼日本人宇宙飛行士の功績も似ている。共に大気圏を飛び出し、「見るだけだった」世界に浸った人も多かろう。「天井がすーっと壁になった」(毛利衛(まもる)さん)、「美しい地球をよりよい姿で次世代に」(山崎直子さん)など、日本語で持ち帰った体感は貴い▼過去7人の日本人を乗せた米国のスペースシャトルが、75万人に見送られて最後の旅に出た。30年、135回に及ぶ飛行は外国人にも開かれ、宇宙を近づけた。しかし、翼のある軌道船を使い回すシステムは複雑すぎた▼コロンビア、チャレンジャー、ディスカバリー、アトランティス、エンデバー。就役順に「高級車」を並べれば、乗員もろとも失われた古い名二つが澱(おり)のように胸に残る▼冷戦下、青天井の予算で国威を託されたアポロ計画と違い、シャトルは財政の重力にさらされ続けた。事故で費用は膨らみ、打ち上げ実績は年50回の目標に遠い。退役は超大国の衰えと無縁ではなかろう▼地上は難題にあふれ、国を挙げて天空の覇を競う時代でもない。ただ、国際協力の場としての宇宙開発はつないでおきたい。選ばれし者の目を借りて、青い惑星と国境線のない大陸を遠望する。そんな習慣が人類に求められる。

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