小田島朋美さんと侑胡ちゃん(左)、侑杏ちゃん(右)。「命のありがたさを感じています」=26日、青森県八戸市、坂本写す
聞き慣れない着信音が携帯電話から響いた。
11日午後2時45分すぎ。
岩手県山田町の平屋建てアパートに住む主婦、小田島朋美さん(28)は携帯の画面に目をやった。
「緊急地震速報 強い揺れに備えて下さい」
画面を見ると同時に、激しい揺れに襲われた。
「コタツの下に隠れて」
夫の宗史(むねふみ)さん(31)は仕事で不在。長女の侑胡(ゆう)ちゃん(4)と次女の侑杏(ゆあ)ちゃん(3)に声をかけた。
ガチャン。茶わんが流し台に落ちて割れた。棚のグラスが飛び出し、破片が飛び散った。
「ママー」
揺れが収まると、2人の娘が飛びついてきた。部屋の窓から外を見た。駐車場の地面がひび割れていた。近所のお年寄りが外に飛び出ていた。
小田島朋美さんの自宅アパート。津波で窓ガラスが割れ、室内が海水で埋まった=27日、岩手県山田町織笠、坂本写す
「すごかったですねー」。「津波が来ています。避難して下さい」という役場の放送が聞こえた。
携帯が鳴った。実家の青森県八戸市の母親からだった。「大丈夫?」。次に地元の親友から電話がきた。「こっちはケガないよ」と答えた。
親友と話しながら外に出た。アパートは海岸から数十メートル離れた高台にある。ふと、民家と民家の間に目をやると、真っ黒な水平線が見えた。家の1階と2階の間くらいの高さだった。
「目の錯覚?」
事態がのみ込めないまま、電話口の親友に叫んだ。
「津波が来た!」
電話をズボンのポケットにしまった。波に民家が倒される「グシャッ」という音が背中で聞こえた。
「侑胡、侑杏、早く!」
アパートに戻り、玄関口で2人を呼んだ。長靴を履かせ、ドアを開けると、道路が水浸しになっていた。
■この手は絶対離さない
「ここからは出られない」
長靴を履いたまま、廊下に上がり込んだ。
ガシャーン。窓ガラスが水圧で割れ、猛烈な勢いで水がなだれ込んできた。
「だめだ」
海と反対側にある別の窓から脱出しよう。そう思った瞬間、その窓からも水が入ってきた。玄関のドアが下からめくれ上がり、水が一気に長靴の高さまで流れ込んだ。
「ママ、しゃっこい(冷たい)」
侑胡ちゃんの声を聞き、2人の娘を抱き上げた。
海水が渦を巻き、コタツが浮き始めた。
「子どもたちが先に埋もれてしまう」
自宅アパート周辺の地図
2人のお尻を両腕で支え、さらに高く抱き上げた。それでも水位はどんどん上がっていく。長靴がストンと落ち、足が床に着かなくなった。
「私たち3人、こんなに早く死ぬんだ。人生あっけなかったな。こんなので死ぬんだ」
高さ2メートル以上の天井に頭がつき、3人とも水没した。脇腹で、2人が足をバタバタさせているのを感じた。
「苦しいんだね。ごめんね、ごめんね」
何度も謝った。水中でのどの奥の空気をのみ込んだ。
「どうせ死ぬなら絶対離れたくない。この手は絶対離さない」
2人の体をギュッと抱きしめた。静かに楽になりたいと思った。
どのくらいたっただろうか。つむった目の上が白んできた。
「脳に酸素が行かなくなったのかな」。遠のく意識で思った。
目の上がさらに明るくなった。口を開けた。息が吸えた。目を開けた。ぐちゃぐちゃの部屋が目に映った。水が引き、足は床に着いていた。
「えっ?」
すぐに、抱きかかえていた2人を見た。侑胡ちゃんはぼうぜんとして、侑杏ちゃんはむせていた。
「生きている」
侑胡ちゃんのほっぺをたたいた。倒れた冷蔵庫の上に2人を下ろした。
「生きなきゃ。行かなきゃ」
侑胡ちゃんの手をつなぎ、侑杏ちゃんを抱きかかえた。外に出ると、必死に駆けた。高台にたどり着き、振り返ると家々が浮いていた。
■日常ってすごく幸せ
13日、避難所の県立山田高校の体育館に宗史さんが駆けつけ、2人の娘を順番に抱きしめた。この日、侑杏ちゃんは3歳の誕生日を迎えた。「生きててくれて本当によかった」。生まれた時間の午前1時10分、朋美さんは、眠る侑杏ちゃんのほっぺに何度もキスした。
3人は避難所で数日過ごし、現在は八戸市の実家に身を寄せている。パソコンを開き、インターネットの交流サイトを見ると、安否を尋ねるメールが数えられないほど届いていた。みんなに向け、メッセージを書いた。
「あのね、日常ってすっごく幸せなことなんだよ。もう駄目だって諦めたけど、今こうして私たちは生きていて、温かい食事をいただいて、足を伸ばして寝ることができます。なにより、隣に、侑胡と侑杏がいる。命があって思うこと。みんな、大好きです。ありがとう」
アパートの壁の時計は午後3時21分で止まっていた。地震の発生から35分間の出来事だったことが後でわかった。(坂本泰紀)
携帯が鳴った。実家の青森県八戸市の母親からだった。「大丈夫?」。次に地元の親友から電話がきた。「こっちはケガないよ」と答えた。
親友と話しながら外に出た。アパートは海岸から数十メートル離れた高台にある。ふと、民家と民家の間に目をやると、真っ黒な水平線が見えた。家の1階と2階の間くらいの高さだった。
「目の錯覚?」
事態がのみ込めないまま、電話口の親友に叫んだ。
「津波が来た!」
電話をズボンのポケットにしまった。波に民家が倒される「グシャッ」という音が背中で聞こえた。
「侑胡、侑杏、早く!」
アパートに戻り、玄関口で2人を呼んだ。長靴を履かせ、ドアを開けると、道路が水浸しになっていた。
■この手は絶対離さない
「ここからは出られない」
長靴を履いたまま、廊下に上がり込んだ。
ガシャーン。窓ガラスが水圧で割れ、猛烈な勢いで水がなだれ込んできた。
「だめだ」
海と反対側にある別の窓から脱出しよう。そう思った瞬間、その窓からも水が入ってきた。玄関のドアが下からめくれ上がり、水が一気に長靴の高さまで流れ込んだ。
「ママ、しゃっこい(冷たい)」
侑胡ちゃんの声を聞き、2人の娘を抱き上げた。
海水が渦を巻き、コタツが浮き始めた。
「子どもたちが先に埋もれてしまう」
自宅アパート周辺の地図
2人のお尻を両腕で支え、さらに高く抱き上げた。それでも水位はどんどん上がっていく。長靴がストンと落ち、足が床に着かなくなった。
「私たち3人、こんなに早く死ぬんだ。人生あっけなかったな。こんなので死ぬんだ」
高さ2メートル以上の天井に頭がつき、3人とも水没した。脇腹で、2人が足をバタバタさせているのを感じた。
「苦しいんだね。ごめんね、ごめんね」
何度も謝った。水中でのどの奥の空気をのみ込んだ。
「どうせ死ぬなら絶対離れたくない。この手は絶対離さない」
2人の体をギュッと抱きしめた。静かに楽になりたいと思った。
どのくらいたっただろうか。つむった目の上が白んできた。
「脳に酸素が行かなくなったのかな」。遠のく意識で思った。
目の上がさらに明るくなった。口を開けた。息が吸えた。目を開けた。ぐちゃぐちゃの部屋が目に映った。水が引き、足は床に着いていた。
「えっ?」
すぐに、抱きかかえていた2人を見た。侑胡ちゃんはぼうぜんとして、侑杏ちゃんはむせていた。
「生きている」
侑胡ちゃんのほっぺをたたいた。倒れた冷蔵庫の上に2人を下ろした。
「生きなきゃ。行かなきゃ」
侑胡ちゃんの手をつなぎ、侑杏ちゃんを抱きかかえた。外に出ると、必死に駆けた。高台にたどり着き、振り返ると家々が浮いていた。
■日常ってすごく幸せ
13日、避難所の県立山田高校の体育館に宗史さんが駆けつけ、2人の娘を順番に抱きしめた。この日、侑杏ちゃんは3歳の誕生日を迎えた。「生きててくれて本当によかった」。生まれた時間の午前1時10分、朋美さんは、眠る侑杏ちゃんのほっぺに何度もキスした。
3人は避難所で数日過ごし、現在は八戸市の実家に身を寄せている。パソコンを開き、インターネットの交流サイトを見ると、安否を尋ねるメールが数えられないほど届いていた。みんなに向け、メッセージを書いた。
「あのね、日常ってすっごく幸せなことなんだよ。もう駄目だって諦めたけど、今こうして私たちは生きていて、温かい食事をいただいて、足を伸ばして寝ることができます。なにより、隣に、侑胡と侑杏がいる。命があって思うこと。みんな、大好きです。ありがとう」
アパートの壁の時計は午後3時21分で止まっていた。地震の発生から35分間の出来事だったことが後でわかった。(坂本泰紀)
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