◇投稿欄の持つパワーに注目
「ソーシャルメディアと新聞」(2月2日付)など、この欄でネット時代の新聞論が続く。要は読者の多様なニーズと向き合い、ネットを使って新聞と読者が意見を交換できる「双方向性」あるメディアに発展すべきだ、との主張だ。となれば、ネットはおろか電話もない時代から、読者と「双方向通信」してきた投稿欄の重要性も忘れてはいけない。
◇肩書「元職」OK「みんなの広場」
毎日新聞が2月、読者の投稿欄「みんなの広場」の投稿規定を変更し、肩書に「元職」を認めたのに気づいた。これまで「無職」と分類された退職者が主な対象になりそうで、同世代としてありがたい。新聞の投稿欄は身元を明らかにして意見を述べる。投稿者の「顔」がより明確になることで投稿欄の活性化を期待するし、これを機に更なる拡充も求めたい。
例えば1月22日付の毎日新聞の投稿、「『日本人とは』再考してほしい」。筆者は国技館から日本人力士の優勝額が消えたことを嘆く風潮に、「白鵬に代表される外国出身者は、並の日本人以上に日本文化を体得し、立派に日本人のかがみとして存在感を示」すと指摘した。やはり「嘆く側」だった私は、「海外のバレエコンクールで日本人が活躍すると喜ぶのに、外国人力士に渋い顔はおかしい」と思い直した。どんな経歴の人がこんな意見を、と思ったが、横浜市の70歳の無職男性、としか分からなかった。
改めて投稿欄の表記に注意すると、毎日新聞に限らず、「無職」が多い。読売新聞のこんな例もある。投稿者の86歳の男性は、15歳で北京に留学し中国語を習得。今も、都内で中国語をボランティアで教える。それでも肩書は「無職」だ。「無職の行列」は、人を職業でしか見ない風潮。これまでの日本の「ゆとりなき働き過ぎ社会」の名残のような気もする。
縮刷版で60~70年代の投書欄を見ると、投稿者が多様だった。30~40代の会社員、教員、公務員。学生も多い。主婦も年齢や内容から、子育てで忙しいことがうかがえ、日本がはるかに若かったことがわかる。だが、今は違う。私が「元職も可」とする応募規定の変化を歓迎するのは、投稿者の過去の多様な生き方が紙面に反映されるからだ。
しかし、投稿欄の「活性化」という意味では、まだ方策はあるような気もする。
例えば「無職」「主婦」などでの応募があっても、担当者が投稿者に取材し、本人が了解すれば「○○のボランティアで活動中」「○○が趣味」などの表記をつけてもよい。内容によってはシンプルな「退職者」「年金生活者」もある。年に数万件あるとされる投稿で成り立つこの欄の読者は多い。投稿する人の人生が一層浮かびあがるようになれば、新聞の情報性も上がるし、これまで投稿しなかった人も参加してくれるのではないか。
◇身の軽さ感じる創成期の新聞
投稿欄の歴史は古い。毎日新聞の前身、「東京日日新聞」創刊の1872年の紙面ではすでに「投書」という言葉が使われ欄が設けられた。「草創期の新聞は、取材網も貧弱で記事を確保することが容易でなく、これをカバーしたのが読者からの手紙や紀行文」と中島善範著の「新聞投書論」にある。同書によると3年後の同紙1面には、「今日は寄書(投稿)が多いので社説は休載」という社告さえ出た。創成期の新聞は当時のニューメディア。現在のネットのような身の軽さを感じる。
私は毎日新聞退職後、大学教員となった。そこで出会ったのはソーシャルメディアを使いこなす学生たちの「新聞は上から目線」という批判だ。「物心ついた時から日本は停滞していた」と言う彼らは、新聞を「そんな時代を作った世代のオールドメディア」という冷めた目で見る。
だが若者はネット、新聞は旧世代という図式は非生産的だ。高齢化社会のあり方については、年金制度や雇用問題などでの「世代間対立」も気になる。ツイッターなどで寄せられる若者の匿名の意見にも新聞が気を配り、それを投稿欄で紹介する。これに古い世代が反論してもいい。新聞の発信能力が問われる中、投稿欄に何ができるか、注目している。
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■ことば
◇ソーシャルメディア
ネット上で人と人をつなぐメディアの総称。新聞などマスメディアが不特定多数への一方通行の発信なのに対し、利用者同士が双方向で発信できる。ツイッターなどが代表。2月2日付の本欄で小川一記者は、「今後、新聞記者はソーシャルメディアを活用し、直接、読者との対話を深めるべきだ」と主張した。
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毎日新聞 2012年2月24日 東京朝刊
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