Thursday, June 30, 2011

30/06 編集手帳 - 語彙 ごい や技巧を超えた一語一語が読む者の目を立ち止まらせてやまない


6月30日付

 駆け出しの頃、陳腐な表現は使うなと、先輩記者に教えられた。宿舎の甲子園球児は「底抜けの笑顔」で食事を「ペロリとたいらげ」てはならず、景気のいい商店主は「えびす顔でうれしい悲鳴」を上げてはいけない、と◆さすがにもう、その種の失敗はしないが、「歯の根も合わぬ」寒さや「めまいのする」空腹は、いまも油断すると顔を出す◆〈夜は、画用紙一まいでねました〉(名取市・閖上小4年 玉田礼菜)。〈(もらった1個のおにぎりを)十分ぐらいかけて食べました〉(南三陸町・志津川小6年 小山嘉宣)◆「被災地のこども80人の作文集」と副題の付けられた雑誌『つなみ』(=「文芸春秋」臨時増刊号)には、紋切り型とは無縁の「寒さ」があり、「空腹」がある。〈4月10日におとうさんが、みつかり一週間後おとうさんのかそうをしました。とてもざんねんでした〉(石巻市・渡波小2年 鈴木智幸)。おそらく「かそう」(火葬)という言葉は、生まれてから口にしたこともなかっただろう。語彙ごいや技巧を超えた一語一語が読む者の目を立ち止まらせてやまない◆言葉の力とは何だろう。
(2011年6月30日01時15分  読売新聞)

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