東京電力福島第一原子力発電所の事故で、放射能漏れが続いている。放射線は健康にどんな影響があるのか、危険な放射線のレベルとはどれぐらいか、様々な測定データや基準値はどう読めばいいのか――など、ポイントをまとめた。
(館林牧子、高橋圭史、中島久美子)
........全身に浴びると…100ミリ・シーベルトでがん危険性0.5%増
放射線の健康への影響で明らかなのは、がんになる危険性が高まることだ。では、その「程度」はどれぐらいなのだろう。
放射線の体への影響を表す単位にはシーベルトが用いられる。世界の放射線の専門家で作る「国際放射線防護委員会(ICRP)」によると、放射線を全身に一度に浴びると、がんなどで死ぬ危険は1000ミリ・シーベルトあたり5%高まる。100ミリ・シーベルトなら10分の1の0・5%、200ミリ・シーベルトなら1%危険性が増えるわけだ。
日本人の約30%は、がんで亡くなっている。100ミリ・シーベルトの放射線の影響が加わると、がんの危険性は0・5%増えて30・5%になり、200ミリ・シーベルトの
がんの原因の約30%は、たばこだ。危険性が0・5%高まる100ミリ・シーベルト程度の放射線と比べた場合、発がんへの影響は喫煙の方がはるかに大きいと言える。
一方、放射線量が100ミリ・シーベルトより少ない場合、がんの危険性の差はわずかで、はっきりした影響はわからない。一般に「明らかな健康障害が出るのは100ミリ・シーベルトから」とされるのはこのためだ。
◆シーベルトとベクレル
「シーベルト」は、人体への放射線の影響の度合いを表す単位。1シーベルト=1000ミリ・シーベルト、1ミリ・シーベルト=1000マイクロ・シーベルトだ。一方、「ベクレル」は、放射性ヨウ素や放射性セシウムなどの放射性物質が、放射線を出す度合いを表す。食品や水、土壌などに、どのくらい放射性物質が含まれるかを調べる時に用いられる。
........部分的被曝なら被害少ない
大量の放射線を浴びた場合は、どんな体への影響があるのか?
3000~5000ミリ・シーベルトの放射線を全身に一度に浴び、何も治療をしないでいると、半数が死亡するとされる。
ただし、これは「全身に」浴びた場合の話だ。福島原発で被曝し、放射線医学総合研究所(千葉市)に3月25日に入院した作業員2人は、くるぶしから下に推定2000~3000ミリ・シーベルトの放射線を受けていたが、「健康への被害は少ない」と診断され、3日後に退院した。「強い放射線を受けても体の一部に限られていれば、大きな健康被害が出るとは限らない」と東京女子医大放射線腫瘍科教授の三橋紀夫さんは説明する。
例えば乳がんの放射線治療では、乳房に1回2000ミリ・シーベルト相当の放射線を20~30回ほど当てる。放射線が当たった部分の皮膚が日焼けのように一時的に赤くなることがあるが、全身への被曝とは違い、命にかかわることはまずない。
胃のエックス線や胸部のCT(コンピューター断層撮影)検査も体の一部にしか放射線を受けず、影響は全身被曝とは異なる。
........微量は宇宙・地面から常に
各地の放射線量の測定結果が毎日公表されている。数値をどう受け取ればよいのだろう。
健康に明らかな影響が出始めるとされる年間100ミリ・シーベルトの放射線量を、1時間あたりに直すと11・4マイクロ・シーベルトになる。
福島市では一時、大気中で1時間あたり10マイクロ・シーベルトを超えたが、次第に低下して数分の一のレベルになっている。関東地方など多くの地域では1マイクロ・シーベルト未満で推移している。しかも、屋内にいれば浴びる放射線はさらに減る。
今回のような事故がなくても、私たちは日ごろ、宇宙や地面からの微量の放射線を浴びている。地域により差はあるが、日本では大気中からだけでも、1時間あたり0・08マイクロ・シーベルト程度の放射線を浴びている。
少量の被曝を長期にわたって受け続けた場合の影響は、よくわかっていない。専門家によって意見が異なるが、同じ量なら一度に浴びるよりも分けて受けた方が影響は少ないとみるのが、放射線治療でも用いられている一般的な考え方だ。
ただし今後、累積の放射線量が一定以上を超えると、避難区域の拡大につながる可能性もある。推移に注目したい。
........「水」「食品」規制値国際基準と整合
放射線を発する物質を放射性物質という。福島、茨城県などのホウレンソウや原乳などから、厚生労働省が定めた暫定規制値を上回る放射性物質の放射性ヨウ素が検出され、出荷停止措置がとられている。
放射性ヨウ素の暫定規制値は、葉物の野菜で1キロ・グラムあたり2000ベクレル、牛乳や飲料水で300ベクレル。ただし、乳児の飲料水や粉ミルクには100ベクレルと、さらに厳しい制限がついた。
首都圏の浄水場でも一時、100ベクレルを上回る値が出た。自治体が乳児向けにペットボトルの水を手配するなど混乱が広がった。
この規制値は、原子力安全委員会が13年前に作った指標などを基に作られた。指標の策定メンバーだった須賀新一さん(元日本原子力研究所)は「国際的な基準とも整合する値で、現在でも妥当な値だと思う」と話す。
放射性ヨウ素は8日で半分に減る。時間と共に、野菜などについた分も減っていくので、国は出荷停止の解除を検討中だ。
水道水の放射性物質の値は雨の後に上がりやすい。規制値を下回る時に清潔な容器に入れ、冷蔵庫などで保存しておくと良い。
乳児の水分不足は健康に重大な影響をもたらす。日本小児科学会などは、代わりの飲料水が確保できない時は水分摂取を優先させるよう呼びかけている。
◆放射性物質
原子炉や使用済み核燃料の中には、様々な放射性物質が含まれている。体内に取り込まれて問題になるのが、放射性のヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムなどだ。放射性ヨウ素は甲状腺にたまりやすく、多いと甲状腺がんの危険が高まる。放射性セシウムは主に筋肉に、放射性ストロンチウムは骨に蓄積して放射線を出し続ける。ストロンチウムは検出が難しいが、セシウムと共に出ることが多く、セシウムが規制値以下なら問題ないとみられる。プルトニウムは、体内に長くとどまり、破壊力が強いアルファ線を出すため、人体への影響が大きい。特に肺に入ると肺がんになる確率が増す。
........放射性物質魚に蓄積しにくい
福島第一原発周辺の海域では、原子炉等規制法が定める基準を超える放射性ヨウ素や放射性セシウムが検出されている。魚への影響はないのだろうか?
魚にたまる有害物質では、水銀が知られている。プランクトンを小魚が食べ、さらに大きな魚が小魚を食べる過程で濃縮され、魚の体内では、海水中の濃度の360~600倍になるというものだ。
これに対し、放射性物質は、魚の体内にはたまりにくい。ヨウ素は放射線が減るのが早く、セシウムやプルトニウムは、魚のえらや尿から排出される。水産庁増殖推進部研究指導課の森田貴己さんは「魚の体内で、放射性物質が蓄積される度合いは低い」と話す。
水産総合研究センターは、3月24日に千葉県の銚子沖で捕獲したカタクチイワシから魚肉1キロ・グラムあたり3ベクレルの放射性セシウムを検出した。日本近海の海産物の測定を約50年間続けているなか、通常ほとんどセシウムは検出されないことから「福島の事故の影響」とみる。ただし、食品の暫定規制値(1キロ・グラムあたり500ベクレル)から見れば、これは極めて低い値だ。森田さんは「今のところ海産物への影響は問題ないが、今後も細かく検査をしていく」と話す。
........工夫で被曝減らせる
被曝の影響などについて一般の質問に答える放射線医学総合研究所(千葉市)の電話相談窓口は、3月13日の開設から、電話が4000件を超えた。ホームページで代表的な質問と答えを紹介している。
同研究所でリスクコミュニケーションを研究する神田玲子さんによると、「雨にぬれたが大丈夫か?」「洋服は普通に洗濯して良いか?」などの対処法を尋ねる内容が多いが、なかには「一歩も外に出られない」という強い不安や、怒りを訴える人もいる。
「放射性物質は目に見えないだけに不安に感じるのは当然」と神田さん。原発から離れたところでは現状では特別な対策はいらないが、「どうしても気になる人は、洗濯物は外に干さない、外出時はマスクをする、野菜は洗い、ゆでて汁は捨てるなどの工夫で、被曝を減らせることも知ってほしい」と話す。
▼放射線医学総合研究所ホームページ(http://www.nirs.go.jp/index.shtml)
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