Thursday, March 8, 2012

記者の目:震災1年 名古屋の陸前高田「丸ごと支援」=三木幸治(中部報道センター)


 ◇自治体主導の成功、後に続け

 東日本大震災で職員の4分の1近くが死亡・不明になった岩手県陸前高田市の市役所に、これまで名古屋市は延べ143人の職員を長期派遣してきた。名古屋市職員が身も心も陸前高田市職員となって働く「丸ごと支援」だ。国主導ではなく、フットワークの軽い自治体が率先して取り組んだ「顔が見える支援」の成功例だと思う。大災害で行政機能が喪失する事態は今後も生じるかもしれない。国の指示がなくとも能動的に被災地を支援する名古屋方式は、全国の自治体にとって、モデルケースになるのではないか。
 「復興状況に応じ、長期的に活動できた経験は大きい」。名古屋市から昨年4月に陸前高田市に派遣された保健師、日高橘子さん(51)はそう語る。保健師9人のうち6人を失った同市で、日高さんはリーダー役を務めた。着任1カ月で市民約2万人の健康調査を実施。家庭訪問も重ねた。震災から半年以上たっても、心のケアが必要な高齢者が多いことが分かったという。
 6月に派遣された井下豊さん(48)は、仮設住宅と病院などを結ぶバス路線の整備を担当している。名古屋市では統計などの担当で、交通に関わるのは初めて。派遣後、陸前高田を知り尽くすため、街をくまなく訪ねた。「新しいバス停ができ、お年寄りがバスに乗る様子を見ると、自分が役立っていると感じる。このまま陸前高田市にいてもいい」とやりがいを実感する。

 ◇遅れた国の要請、自発的に行動

 震災後、被災自治体が陥った苦境について、国の把握は遅れた。全国市長会を通じた職員派遣依頼は昨年3月30日。「派遣期間も場所も問わないから出せる職員を出して」と、自治体任せだった。
 対照的だったのが、3月16日から自発的に支援先を探し始めた名古屋市だ。そして職員に被災地を視察させ、派遣先に決めたのが、地の利が悪く、どこの自治体も応援に入っていない陸前高田市だった。同市は職員295人のうち68人が死亡・行方不明。行政機能は崩壊寸前だった。名古屋市は多分野にわたって支援するため、職員を長期間派遣することを決めた。国には事後承諾を取ったという。
 陸前高田市で延べ143人の名古屋市職員がこれまでに担当した業務は、福祉や復興計画など23分野に及ぶ。自ら被災地を見て決めた支援と、単に国の依頼に応じた支援では、派遣職員のやる気も行動内容も異なる。長期滞在で現地を深く知り、より有効な対策を打ち出せる。複数の自治体の支援が混在する場合に比べて指揮系統も明確で、計画的な支援を継続できる。丸ごと支援に名古屋市は4億5000万円をつぎ込んでいるが、東海・東南海・南海の3連動地震の被害が予想される同市にとって、職員が復興のノウハウを学ぶという点でも長期派遣の意義は大きい。

 ◇顔が見える関係、市民交流深まる

 顔が見える関係を築くことで、副産物もあった。
 名古屋市職員が被災地で聞いた話をきっかけに始まったのが、修学旅行に行けなくなった陸前高田の中学生を名古屋に招待する事業だった。費用は名古屋市民や企業から寄付を募り、2カ月半で約2000万円が集まった。中学生らに就労体験をさせようと水族館やホテル、病院などが協力した。12年度には名古屋の中学生を陸前高田に派遣する予定だ。陸前高田で津波被害に耐えた「奇跡の一本松」の苗木を名古屋で育て、名古屋の桜を陸前高田の学校に贈る計画も進む。両市の絆は市民レベルで強まっている。
 名古屋市は12年度も職員13人を陸前高田市に1年間派遣する。派遣は13年度で終え、陸前高田市は自立を目指す。だが、両市の関係が途切れることはないだろう。河村たかし名古屋市長は「経済交流など両市にメリットがある仕掛けも考え、松の木のように300年以上続く兄弟のような関係を築きたい」と話す。
 復興庁の担当者は「震災で自治体連携の重要性を感じた。名古屋市のケースは理想的だ」と評価する。国が早急に災害時の自治体間支援の仕組みを検討することは必要だが、名古屋市のように自発的に行動する姿勢に私は勇気づけられる。同市幹部は「やればできるんだと自信がついた。旗を振れば市民もついてきてくれる」と話す。
 地方公務員は自分の自治体のことだけを考えがちだが、正しい行動ならば、他自治体のための事業でも市民は支持してくれる。全ての自治体が、政令市・名古屋と同レベルの取り組みができるとは思わない。だが、災害の多いこの国で、全国の自治体が果敢に行動することを期待したい。
    ◇
 震災から1年。取材を続けてきた記者たちの視点を随時掲載します。
==============
 ご意見をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「記者の目」係/kishanome@mainichi.co.jp
毎日新聞 2012年3月8日 東京朝刊

No comments:

Post a Comment