暑さ寒さも彼岸まで、と言われる通りのさわやかな秋の気配である。鈴虫の鳴き声を聞くこともだんだん少なくなっていく▲鈴虫といえば、中曽根康弘元首相の「リンリ、リンリと鈴虫のように騒ぐ」という野党批判発言を思い出す。田中角栄元首相の政界支配が続き政治倫理の確立が求められていた80年代の話だが、今の政治に必要なのはさしずめ実行力か▲政治には「心情倫理」と「責任倫理」があると言ったのはマックス・ウェーバーである。世の中を良くしたい情熱。自らの行為の結果に責任を負う覚悟。二つが相まって真の政治家が生まれる、と。民主党の過去2代の首相はどうだっただろう▲在日米軍基地が集中する沖縄の負担を減らすため、普天間飛行場の県外移設を口にした鳩山由紀夫元首相。税制から経済外交、脱原発まで花火のようにポンポン政策を打ち上げた菅直人前首相。国連演説でも、2年前には鳩山氏が温室効果ガスの90年比25%削減を国際社会に約束し、昨年は菅氏が「核なき世界の実現に向け先頭に立つ」と決意を示した▲鳩山氏も菅氏も、社会をより良くする情熱を胸中に秘めていたと信じたい。だがそれを実行する強い意志に欠けていた。心情倫理の政治家ではあったが、責任倫理の政治家ではなかった▲野田佳彦首相の国連演説には、大胆な政策も世界を引っ張る気負いも見あたらなかった。国会の所信表明演説のように地味だったのは、前任者の失敗を繰り返したくない思いからか。ともあれ今度の首相には、心情倫理と責任倫理を兼ね備えたリーダーになってもらわなければ国民が困る。大風呂敷より実行力だ。
毎日新聞 2011年9月25日 東京朝刊
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