鈴の愛好家でコレクターだった国学者の本居宣長は、床柱に鈴をかけた書斎を「鈴屋」と称した。「物むつかしきをりをり引きならして、それが音を聞けば、ここちもすがすがしくおもほゆ」。鈴の音は気持ちを清め、いやしたのだ▲宣長は鈴の音がいにしえをしのぶよすがになったという歌も残している。自分の学問を「古学」と呼んだ彼のことだ。鈴を鳴らすことで、その澄んだ音にこの世ならない神秘を感じた昔の人と心の波長を合わせたのだろう▲神社で拝礼の際に鈴を鳴らすように、神と人も仲立ちしてくれる鈴の音である。その昔は大事な誓約の際、神社の宝鈴を鳴らしたとの話も聞く。鈴には神仏をその場に招き寄せ、誓約の神聖を裏打ちする力もあった。さらに魔よけや病封じの力も信じられた鈴の音だ▲宣長のコレクションに風鈴はないようだが、今年は例年になく澄んだ鈴の音が聞こえる夏となりそうだ。もちろん節電によって打ち水や夕涼みなど「エアコン以前」の消夏法や納涼文化が復活し、その中で音によって涼しさを呼び寄せる風鈴も注目されているからだ▲集合住宅などでは「騒音」とみなされ、近年はあまり聞かれない盛夏の鈴の音である。つるし方には近隣への心配りが要るが、涼風を音にして楽しめば、その音に魔よけの効能を感じた昔の人の気持ちも分かろう。被災した岩手県には南部風鈴という特産品もある▲被災地では鈴を鳴らす風に亡くなった肉親の気配を感じ瞑目(めいもく)する方もおられよう。うだる暑さの中で音でしか感じられない涼味を初めて知る方もいよう。人の心をいやす鈴の霊力をよみがえらせたい夏だ。
毎日新聞 2011年6月28日 東京朝刊
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