<風板引け鉢植の花散る程に>。正岡子規の句だが、はて「風板」とは何だろう。脊椎(せきつい)カリエスの苦痛と闘い、死の2日前まで書かれた随筆「病牀(びょうしょう)六尺」の明治35(1902)年7月19日のことだ▲「この頃の暑さにも堪へ兼て風を起す機械を欲しと言へば、碧梧桐(へきごとう)の自ら作りて我が寐床(ねどこ)の上に吊(つ)りくれたる、仮にこれを名づけて風板といふ。夏の季にもやなるべき」。弟子が作ってくれた手動の送風板なのだ。酷暑の中の病苦をわずかなりとも慰めたようである▲「風板」は季語になりそこねたが、後に「風を起こす機械」として「扇風機」は季語になった。ただここ数十年はさらなる新季語「冷房」に押され、影が薄くなった扇風機だ。それが今にわかに注目を浴び出したのは、いうまでもなく今夏の節電対策のおかげである▲福島第1原発事故のあおりで浜岡原発の運転停止が決まり、加えて各地で停止中の原発の運転再開延期が続いている。新たに定期検査に入る原発も多く、夏の電力不足は関東や東北のみならず全国各地で深刻化する恐れがでてきた。当然、節電の必要な地域も広がる▲すでに関東地方の家電量販店ではシーズンを前に扇風機が昨年の数倍の売れ行きを見せているそうだ。何しろエアコンの何十分の1かの消費電力で体感温度を2~3度は下げる扇風機だ。エアコンの設定温度をその分上げて併用すれば、無理のない節電になるという▲どうせならば扇風機にとどめることはない。団扇(うちわ)や風鈴、打ち水や縁涼みなど、古くからの季語もよみがえらせて夏の楽しみを再発見すればいい。<駄菓子屋の奥見えてゐる扇風機 斎藤夏風>
毎日新聞 2011年5月12日 東京朝刊
毎日新聞 2011年5月12日 東京朝刊
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