Saturday, June 11, 2011

11/06 余録:「遠野物語」に土淵村から海辺に…

 「遠野物語」に土淵(つちぶち)村から海辺に婿に行った男が、霧の夜に津波で死んだ妻の霊に出会う話がある。妻は2人連れで、やはり津波で死んだ相手と今は一緒に暮らしているという。男は思わず「子どもが可愛くないのか」と問い詰めた▲「女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物言うとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退き……」。怪異譚(かいいたん)の背後にはどんな切ない体験があったのか▲遠野の土淵村の竜の森では生前と同じ姿で暮らす死者をよく見かけたという言い伝えもある。死者の魂も、山の神も、天狗(てんぐ)や狐狸(こり)も共に宿っていたみちのくの森だった。こんな話を思い出したのは、震災の復興構想会議の提言素案に「鎮魂の森」の文字を見たからだ▲「がれきに土をかぶせて町は作れない。行方不明の子がいるかも分からぬところに町はできない。そこは森にしたらいい」。建築家の安藤忠雄さんの提案から生まれた鎮魂の森構想だ。会議では森が豊かな海を養ってきた三陸の「再生の森」の役割も期待されている▲1万5000を超える死者に加え、なお約8000人の不明者を数える震災3カ月だ。喪の時間も与えられずに肉親が失われた現実と向き合わねばならない家族には震災は終わらない。悲しみの癒えない遺族や9万以上の避難生活者も含め被災は今も進行中である▲未曽有の震災が招いた長い被災だ。そこで苦しむ人々すべての思いをやさしく包み込む復興が求められるみちのくの未来である。人の心を癒やし、死者の魂を鎮める森も、きっとその風景の一部となろう。
毎日新聞 2011年6月11日 東京朝刊

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