【第17回】 2011年12月19日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授]
専門家の間では、このような逆進性は、特定時期の家計の負担状況を見たもので、ライフサイクル・一生涯を考えると、大幅に解消されるかほとんど存在しない、という見解がコンセンサスである。つまり、個人レベルでは、生涯所得は生涯消費に等しいので、消費に比例的にかかる消費税の負担は、生涯を通して見ると、逆進的ではなく比例的ということになる。同じマクドナルドで
軽減税率に代わる
納税者番号制度の
逆進性=消費税の最大の欠点
消費税議論で、最大の課題の一つは、所得の低い人の負担割合が多くなる「逆進性」をどうするのか、という問題である。
消費税は、消費に対しては高所得者も低所得者も同じ割合の税負担である。また、高所得者ほど一般的に消費が多いので、消費税負担額は多い。しかし、高所得者の方が消費に回す割合が少ないので、所得全体に対する消費税負担率は低所得ほど高い。これが、「累進」税率により、所得の多い人にはより多くの税負担を求めるべきという立場から、「逆進」として問題視される。
専門家の間では、このような逆進性は、特定時期の家計の負担状況を見たもので、ライフサイクル・一生涯を考えると、大幅に解消されるかほとんど存在しない、という見解がコンセンサスである。つまり、個人レベルでは、生涯所得は生涯消費に等しいので、消費に比例的にかかる消費税の負担は、生涯を通して見ると、逆進的ではなく比例的ということになる。
しかし、政治的には、低所得者への対策は極めて重要な課題となる。これまでも消費税導入時、あるいは引き上げ時には、歳出・歳入両面にわたり、相当手厚い低所得者対策(社会保障給付)が行われてきた。
同じマクドナルドで
消費税率が違う!
このような逆進性に対して、EU諸国は、軽減税率で対応している。正確にいえば、EUでは、「標準税率は15%以上とする。これに対して、1本または2本の、5%を超える軽減税率を持つことができる」とされており、具体的な品目として、飲食料品(アルコール飲料を除く)、医薬品、旅客輸送、書籍、新聞などが例示されている。加盟各国は、この範囲の中で、実際の軽減税率を規定している。
しかし、軽減税率には次のような問題点が指摘されている。
第1に、優遇税率をどこまでの適用範囲とするのか、業界と税制当局との間で議論が白熱、訴訟やトラブルが生じ、納税者・事業者双方に大きなコストをかけている。
もっとも有名なのは、マクドナルドでハンバーガーを買う場合、テイクアウトにすると食料品となり軽減税率(イギリスではゼロ税率)が適用されるが、その場で食べると飲食サービスとなり、標準税率が適用されるという事実である。
「テイクアウトといって購入し、その場で食べる(飲食サービス)」という事態が想像されるので、ドイツでは、税率は異なっても、マクドナルド側は同じ値段で商品を提供している。
英国では、そのような混乱を避けるために、食料品かレストランサービスを分ける基準として、提供された食料品が温かいかどうか(温めるかどうか)により、食品かレストランサービスかを区分している。
カナダでは、ドーナツ等の菓子について、販売個数が5個以下の場合には飲食サービスとして標準税率、6個以上は(その場で食べることはないということで)食料品としてゼロ税率、というように外形的に決めている。そこで、ドーナツ屋の店先で見知らぬ購入者が集まって、「ドーナツ購入クラブ」を結成し、6個以上になるのを待って共同購入・清算するという事態が生じている。
業態が多様化し、サービスとモノの提供の区分が不明確化する中で、軽減税率の範囲を合理的・具体的に定めることが困難になってきているのである。この点について、後述するマーリーズ・レビューでは、「VATは、モノの時代の消費税、サービスの時代の消費税は、GST(goods and service tax)」と区別し、基本的に軽減税率の導入を排除するGSTをあるべき姿と評している。
第2に、優遇税率は、逆進性対策としての効果はないということである。これについては、後述する。
軽減税率に代わる
給付付き税額控除
最近消費税(VAT、GST)を導入した国では、軽減税率を極力避け、給付付き税額控除で対応している。それは、その方がはるかに簡素で、財政効率が高いからである。
ノーベル経済学者マーリース(Mirrlees)卿を中心とした世界の財政学者がシンクタンクIFSから出した報告書「マーリーズ・レビュー」では、「優遇税率は、政治的に、低所得者にコミットしているというスタンスを示すために導入されたものだが、効果も薄くきわめて効率の悪い政策である」として、その見直しを英国政府に提言している。
カナダやシンガポール、ニュージーランドなどでは、給付付き税額控除を導入して逆進性対策を行っている。給付付き税額控除とは、聞きなれない名前であるが、一言でいえば、「消費税負担分を低所得者に還付する制度」である。還付という言葉は、納税義務者の税金を返すことだが、消費税の場合、納税義務者は事業者で、消費者は負担者である。そこで還付という言葉は正確な表現ではないのだが、この方がわかりやすい。
カナダでは、3万カナダドル以下の低所得者に対して、必要最小限の消費支出にかかる消費税相当額を、家計調査から計算し、所得税の体系の中で税額控除・還付しており、GST(消費税)税額控除(Tax Credit)と呼ばれている。
実際の方法は、図表1のとおり、申請に基づき、所得3万ドル以下の家庭に、その人数に応じて定額を給付する制度である。単身者には、勤労所得に応じて給付額が増える勤労税額控除が導入されているが、基本設計はシンプルで、不正受給も少ない。わが国の子ども手当とそれほど違いがないとも言える。
軽減税率とこの制度を実際に比較してみよう。
図表2は、わが国の家計を所得別に並べ、消費税額の負担割合を調べたものである。紺色(■)のラインが、消費税負担割合を示している。所得の多いほど消費税負担割合が低い右肩下がりとなっている。これが逆進性である。
ピンク色(■)のラインは、消費税率を10%に引き上げた場合で、逆進性はさらにきつくなる。黄緑色(■)は、食料品に対して5%の軽減税率を適用した場合の負担割合である。ラインは右肩下がりで、逆進性というトレンドは無くなっていない。高所得者層も軽減税率の恩恵を受けていることが分かる。それどころか、高所得者の方が食料支出絶対額が多いので、軽減税率に伴う恩恵は、高所得者の方が多いともいえる。
そこで、「所得300万円以下の家庭に10万円(定額)を給付する、削減率5%(年収500万円まで5%の比率で逓減)」という給付付き税額控除を導入すると、赤紫色(■)のラインとなる。所得500万円以下で逆進性がなくなるのである。
10万円と言う水準は、300万円程度の世帯の基礎的な食料支出等が100万円として、それに引き上げ後の消費税率10%を乗じて計算した。必要財源は、軽減税率による減収額相当分と合わせてある。つまり、軽減税率を導入する場合の減収額を使って、このような給付付き税額控除のスキームを考えたのである。
納税者番号制度の
導入が必要
給付付き税額控除で逆進性対策を行うことには、課題も多くある。最大の課題は、低所得層が誰かを正確に把握するシステム・課税インフラを構築することである。
わが国には、ざっと5000万件の所帯があるが、非課税所帯は推定800万件ほどあると考えられている。しかし、国の税務当局は、課税最低限以下の納税していない人・世帯については情報を持っていない。
そこで、わが国でも、社会保障・税共通番号を導入し、このような世帯・人々の所得を把握していく必要がある。消費税率引き上げ・逆進性対策には、社会保障・税共通番号の導入が欠かせない。
以上みてきたように、軽減税率の導入は、消費税率を10%まで引き上げる今回の社会保障・税一体改革では、政策効果が低く、我慢すべきである。
そして、速やかに、番号の法制化と、カナダ型の「簡素な給付付き税額控除」(実態は、「消費税低所得者向け社会保障給付」)の具体的設計に入ることが望ましい。その後、本格的な給付付き税額控除、つまりワーキングプア対策としての勤労税額控除や、少子化対策としてに児童税額控除の制度につなげていくことが必要だ。
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