雨の夜、泥棒と狼(おおかみ)が馬を盗もうと老夫婦の家に忍び込む。夫婦はこんな夜は泥棒や狼より「ふるやのもり」が怖いと話している。すごい化け物がいるらしいと怖くなった狼が逃げ出すと、泥棒もその上に飛び乗って……昔話「古屋の漏り」だ▲むろん「漏り」は雨漏りのことである。狼が虎という地域も多いが、東北から九州まで民話の中で最も広く語り伝えられてきた話の一つという。中国などアジア各地にも「盗人と虎」の類話があり、日本に伝わったらしい▲おかげで「虎狼(ころう)より漏るが恐ろし」ということわざもできたが、こちらはもっぱら虎狼の口よりも秘密を漏らす人の口の方が怖いという意味に転じた。しかし今年、梅雨の大雨がもたらす「もり」が、いつになく恐ろしいものになっている東日本大震災の被災地である▲21日に梅雨入りした東北各地は、震災後で最も激しい雨に見舞われている。雨漏りが続発した岩手県や宮城県の仮設住宅でも、応急修理後初めてのまとまった雨になる。地震で屋根を破損しながら、瓦の不足などから修理ができない多くの住宅の住民にも憂鬱な梅雨だ▲むろん地震で緩んだ地盤や亀裂への雨水の浸透は、土砂崩れなど生命にかかわる「もり」である。構内の高濃度汚染水があふれる危険のある福島第1原発でも壊れた建屋の屋根をふさぐなどの雨水対策に着手した。こちらの怖さは、虎狼はもちろん人の口も及ばない▲「古屋の漏り」が日本各地に広がったのは、梅雨や台風の雨漏りに誰しも困っていたからに違いない。ここはかつての「雨漏り列島」の記憶を掘り起こし、被災地の困惑や不安に寄り添いたい。
毎日新聞 2011年6月24日 東京朝刊
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