6月14日付
詩人にして読売新聞の政治記者でもあった中桐雅夫は書いている。〈戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は/おれは絶対風雅の道をゆかぬ〉と(「やせた心」)◆地震と津波の災禍に区切りがつくまでは花鳥風月を取り上げぬ――と、先輩記者にならって誓いを立てたわけではないのだが、小欄を借りて季節の花を愛 でる機会がなかなか見つからない。サクラはいつのまにか咲いて散り、フジの花房も見損ねた◆〈紫陽花 や白よりいでし浅みどり〉(渡辺水巴)。色の七変化ではことに初々しい「浅みどり」も、今年はどうやら見のがしたらしい◆梅雨入りを控えた福島県では、原発事故現場から20キロ圏内の警戒区域にある家屋の雨漏りが心配されている。屋根瓦が大きな揺れで壊れたまま放置されており、柱が腐れば、住民は自宅に戻れたとしても住めない恐れがあるという。被災地に親類縁者がいない人のなかにも、東北地方の気象情報にそのつど耳を傾けている方は多かろう。身近な花に気のまわらぬときもある◆せいいっぱい美しく咲く花たちには、なんとも張り合いのない初夏だろう。人が泣けば、花も泣く。
(2011年6月14日01時21分 読売新聞)
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