例年、オールスター前日の個別会見といえば、イチローの独演会だった。各選手がテーブルに分かれ、メディアがその間を自由に行き来する形だが、イチローの前だけは常に二重、三重の輪ができ、人波が途切れない。多くのメディアが限られた時間を奪い合った。
■ある年のオールスターで
そのとき、シアトル・タイムズ紙のラリー・ストーン記者が「これでは足りない。どこかで時間をとれないか?」とイチローサイドに頼み込んだ。
果たして翌日――オールスターゲームの試合前、クラブハウスに行くと、ストーン記者がイチローにインタビューしていた。
申し入れが認められたのだ。しかも、他の記者が加わろうとすると、通訳が「これは1対1のインタビューなので……」と断っていた。
■大統領の“一般教書演説”のようなもの
ストーン記者は、今でもたびたび、その話をする。彼にとって、オールスターでのイチロー会見は1年のうちで最も多岐にわたって考えていることを言葉にする機会――アメリカでいうなら大統領の一般教書演説、日本でいうなら首相の施政方針演説のようなものだったようだ。
そんなオールスターの“名物”は、今年も実現しなかった。オールスターに何かが足りないと思わせるのは、特に日本人にとってイチローの不在と無縁ではないだろう。
そのオールスター直前、イチローの打順が1番から2番に変わった。
■打順2番、暫定的と語っていたが…
マリナーズのエリック・ウェッジ監督は当初、「ダスティン・アクリーに1番を打たせてみたい。これに伴ってイチローを2番にしたが、暫定的な処置だ」と話していた。しかし、15日の試合でアクリーが休養のために欠場して1番が空いたにもかかわらず、イチローの名前は2番にあった。どうやら、しばらくは「2番イチロー」で固定するようである。
これまで2回、監督がイチローを1番から外すならば2番が適任と書いたが、今回の場合、結果は同じでも過程が違う。ウェッジ監督の考え方は、前向きというより、むしろ後ろ向きだ。
■「結果を出していないからね」
イチローもそれを認めている。
「何でもありの状況だし、他の皆もそうやっている。僕もそういう気持ちでやる。結果を出していないからね」
結果が出ない原因――。
先日、アメリカン・リーグのあるスカウトに聞いた。イチローの不振をどう分析しているのか、と。
たとえば、特定の攻め方があるのか、コースや球種別で、顕著な傾向が出ているのだろうか?
スカウト歴が30年を超えるベテランは、それぞれの質問に首を振り、「もしそうだったら、もっと早い段階で我々は弱点を見つけている」と苦笑した。ただ、その後に続けて「スイング速度が落ちているようだ」と指摘した。
■「スイングがビハインド」
「ボールに対してスイングがビハインドだ。ボールをとらえるポイントが、自分のイメージと実際とで微妙にずれているのではないか」
実際、どのくらいスイング速度が落ちているのか、と聞けば「それを正確に測る手段は、我々は持っていない。長年の勘と打球の傾向から判断している」と語っていた。
昨年9月、日本のある新聞がイチローのスイング速度に触れた記事を掲載していたのを思い出し、さっそく調べてみると、イチローの打撃フォームを分析してきた中京大学スポーツ科学部の湯浅景元教授が「例年は時速155~157キロだったスイング速度が、今季(2011年)は150キロを切ることもしばしば」――と具体的なデータを提示していた。
その数値はスカウトの言葉を裏付け、湯浅教授による脚力の低下、という見方もスカウトと一致している。
■だからといって成績が下り続けるとは…
しかし、日本もたびたび訪れるというそのスカウトは「だからといってこのまま成績が下り続けるとも思えない」と話の流れを転換させた。
「確かに彼のキャリアは終わりに近づいているのかもしれない。だが、素晴らしい選手というのは、最後になって再び何かを見つけて、数字を戻すことがある」
その好例が「チッパー・ジョーンズ(ブレーブス)だ」という。
確かにジョーンズも37歳だった2009年に打率を.264まで落とした。前年は.364で首位打者を獲得していただけに、そのギャップが話題になった。
■ベテラン選手だけが持つ経験と勘
38歳となった10年も打率が.265に低迷。限界説がささやかれ始めたが、11年は打率を.275に上げ、40歳の今年は打率3割をキープしてオールスターにも選ばれた。
ナ・リーグのスカウトだったこともある彼によれば、「それはベテラン選手だけが持つ経験と勘がもたらすもの」で、「あるときそれに気づき、選手寿命が伸びる」のだそうだ。
スカウトの中にはそれを“ごまかし”と捉えるむきもあるそうだが、「確実に何かが、存在する」。
■イチローも華やかな舞台に戻れるか
カンザスシティーで行われた今年のオールスター。試合当日の午後にはパレードが行われ、ジョーンズはトラックの荷台に立ち上がるようにして沿道の声援に応えていた。
「これが最後からもしれないから、楽しもうと思ってね」
イチローも再び、華やかな舞台に戻れるのか。まぶたの裏に残るジョーンズのパレード風景に、イチローの姿が重なり合った。
2012/7/19 7:00
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